『祈りの幕が下りる時』カレンダーの橋の名前は誰が書いた?事件を解く手がかりを解説
※この記事には映画・原作『祈りの幕が下りる時』の重大なネタバレがあります。
『祈りの幕が下りる時』で事件を解く最大級の手がかりになるのが、越川睦夫の部屋に残されたカレンダーの12の橋です。
月ごとに日本橋周辺の橋の名前が書かれています。
では、あの橋の名前は誰が書いたのでしょうか。
結論|橋の名前を書いたのは浅居忠雄
越川睦夫の部屋にあったカレンダーへ橋の名前を書いていた人物は、浅居博美の父・浅居忠雄です。
忠雄は東京では越川睦夫という名前を使って生活していました。
そして12の橋は、娘・博美と密かにつながるために使われていました。
12の橋は父と娘をつなぐ場所
忠雄は世間的にはすでに死亡した人物になっています。
そのため、博美と堂々と父娘として会うことはできません。
そこで日本橋周辺の橋を使い、人目を避けながら互いの存在を確認します。
『祈りの幕が下りる時』12の橋の名前には何の意味がある?父娘の秘密を解説
なぜ毎月違う橋なの?
毎回同じ場所で会えば、2人の関係を誰かに気づかれる可能性があります。
そこで月ごとに場所を変えます。
カレンダーに橋の名前を書いておけば、その月の待ち合わせ場所が分かります。
つまり12の橋は、父娘だけの秘密の予定表でもあったわけです。
映画と原作では橋の順番が少し違う
原作と映画では、12の橋そのものはほぼ共通していますが、前半の順番が変更されています。
映画では、
1月:柳橋
2月:浅草橋
3月:左衛門橋
4月:常盤橋
5月:一石橋
6月:西河岸橋
7月:日本橋
8月:江戸橋
9月:鎧橋
10月:茅場橋
11月:湊橋
12月:豊海橋
という並びになっています。
原作との違いについてはこちらで詳しく整理しています。
『祈りの幕が下りる時』映画と原作の違いは?変更点・省略された場面を解説
最初に橋の名前へ気づいたのは松宮
押谷道子の遺体が見つかったアパートを調べる中で、松宮はカレンダーに残された橋の名前へ注目します。
最初は意味不明な書き込みです。
しかしその情報が加賀に伝わった瞬間、事件が大きく動き始めます。
なぜ加賀だけが強く反応した?
加賀は以前、母・田島百合子の遺品の中で、同じ橋の名前を見ていました。
だから松宮から橋の名前を聞いた時、今回の事件が自分の母の過去につながっている可能性に気づきます。
それまで別々だった「押谷殺害事件」と「加賀の母」が初めて接続します。
母の遺品にもなぜ橋の名前があった?
百合子が仙台で親しくしていた綿部俊一が、この橋に関係していたからです。
そして綿部俊一の正体こそ浅居忠雄でした。
つまり、
現在の越川睦夫のカレンダー
と
過去の百合子の遺品
をつなぐ人物が浅居忠雄だったのです。
「常盤橋」が捜査を動かす
橋の名前について話している中で、松宮の何気ない言葉が加賀の記憶を刺激します。
そこから加賀は、母の遺品と今回のカレンダーが同じものにつながっていることを強く意識するようになります。
橋は単なる背景ではなく、謎解きそのものに組み込まれています。
日本橋の「橋洗い」も重要な手がかり
7月の日本橋では「橋洗い」という行事があります。
加賀はその日に撮影された大量の写真を調べます。
その中から浅居博美の姿が見つかり、父娘の関係へさらに近づいていきます。
橋の名前から、場所、日時、写真へと捜査が広がるのです。
12の橋は「証拠」であり「父娘の絆」でもある
警察から見れば、12の橋は事件を解く手がかりです。
しかし博美と忠雄から見れば意味が違います。
堂々と会えない父と娘が、それでも完全には離れずに生きるための場所です。
だから12の橋は、犯罪の証拠であると同時に、父娘が何十年もつながり続けた証でもあります。
まとめ
カレンダーに12の橋を書いたのは、越川睦夫として生きていた浅居忠雄です。
橋は娘・博美と密かに会うための場所でした。
そして同じ橋の名前が加賀の母・百合子の遺品にも残されていたため、押谷殺害事件と加賀の家族の過去がつながります。
何気ないカレンダーの書き込みが、30年近く隠されていた2つの親子の秘密を解く鍵になっていたのです。
映画『祈りの幕が下りる時』ネタバレ解説|犯人・事件の真相・加賀の母・ラストまで考察
映画を観て原作も気になった方へ
映画では時間の都合で整理されている浅居親子の過去や、母・厚子の行動によって父娘の人生がどのように変わっていったのかも、原作ではより細かく描かれています。
映画を観たあとに読むと、忠雄と博美がなぜここまで強く結びつき、何十年も過去から逃れられなかったのかも、さらに深く見えてくると思います。
