『祈りの幕が下りる時』加賀はなぜ日本橋署にいた?母を探し続けた理由を考察
※この記事には、映画『祈りの幕が下りる時』と『新参者』シリーズについてネタバレがあります。
『新参者』以降、加賀恭一郎は日本橋署の刑事として登場します。
『祈りの幕が下りる時』では、加賀が日本橋にいたこと自体にも個人的な理由があったことが明らかになります。
その鍵となるのが、母・田島百合子の遺品に残されていた日本橋周辺の橋と、綿部俊一という男性です。
この記事では母が家を出た理由や仙台生活には広げず、加賀がなぜ日本橋に残り、綿部を探し続けていたのかに絞って解説します。
この記事でわかること
- 加賀はなぜ日本橋にいたのか
- 母の遺品に何が残されていたのか
- 綿部俊一とは誰なのか
- 12の橋が加賀にとって何を意味したのか
- 押谷事件と加賀の過去がどうつながったのか
結論|加賀は母の晩年を知る綿部俊一を探して日本橋にいた
加賀が日本橋にこだわった理由は、母・百合子の過去です。
百合子の遺品には、日本橋周辺の橋につながる手がかりが残されていました。
さらに、百合子が仙台で親しくしていた綿部俊一も日本橋と関係していました。
加賀は、綿部に会えば、家を出したあとの母がどんな人生を送っていたのかを知ることができると考えていたのです。
加賀は母の晩年についてほとんど知らなかった
百合子は幼い加賀を残して家を出し、その後仙台で亡くなります。
加賀は母が亡くなったあと、ようやくその生活の一部を知ります。
しかし、なぜ家を出たのか、自分をどう思っていたのか、その後どんな人生を送ったのかという疑問は残ったままでした。
そこで重要になるのが、百合子と親しかった綿部俊一です。
綿部俊一を探せば母について分かるかもしれなかった
綿部は、百合子が仙台で生活していた時期を知る人物です。
加賀にとっては、すでに亡くなっている母へ直接尋ねる代わりに、母の人生を知ることのできる数少ない手がかりでした。
だから加賀は綿部の行方を追います。
そして、その手がかりが日本橋に残されていました。
12の橋は加賀にとって「母へ続く手がかり」だった
浅居博美と父・忠雄にとって、12の橋は密かに会うための場所です。
しかし加賀にとって意味は違います。
母の遺品に残されていた日本橋周辺の橋。
その橋をたどれば、母と関係していた綿部へ近づけるかもしれない。
加賀にとって12の橋は、亡くなった母の人生へ近づくための手がかりだったのです。
▶ 『祈りの幕が下りる時』12の橋の名前には何の意味がある?父娘の秘密を解説
押谷事件によって長年の捜索と現在の事件がつながる
押谷道子殺害事件の捜査で、事件関係者が残したカレンダーから日本橋周辺の橋が浮かび上がります。
その橋の名前を見た加賀は、母の遺品との共通点に気づきます。
それまで個人的に追っていた母の過去と、現在捜査している殺人事件がここで初めて重なります。
そして最終的に、綿部俊一の正体が浅居博美の父・浅居忠雄だったことへたどり着きます。
まとめ|日本橋は加賀にとって単なる勤務地ではなかった
加賀が日本橋にいた背景には、母・田島百合子の人生を知りたいという思いがありました。
百合子と親しかった綿部俊一を見つければ、母の晩年を知ることができるかもしれない。
その綿部へつながる手がかりが、日本橋周辺の橋でした。
だから日本橋は、加賀にとって仕事をする場所であると同時に、母の過去を探し続ける場所でもあったのです。
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