『タイタニック』ブルース・イズメイはその後どうなった?生還後に批判された理由を解説
※この記事では、映画『タイタニック』にも登場する実在人物J・ブルース・イズメイと、沈没事故後の人生について解説します。
映画『タイタニック』で、あまり良い印象を持たれない実在人物の一人がJ・ブルース・イズメイです。
船会社ホワイト・スター・ラインのトップとしてタイタニック号へ乗船。
映画では船長へ速度を上げるよう働きかけ、沈没時には自分だけ救命ボートへ乗って助かる人物として描かれています。
では実際のイズメイも、乗客を置いて逃げた卑怯者だったのでしょうか。
そして生還後、どんな人生を送ったのでしょうか。
結論|イズメイは生還したことで激しい批判を受け、その後表舞台から遠ざかった
ブルース・イズメイはタイタニック号沈没から生還しました。
しかし、
1500人前後が死亡した事故で、船会社の最高責任者が生き残った
という事実が大きな批判を招きます。
特にアメリカの新聞では強く攻撃され、
「乗客を置いて自分だけ逃げた男」
というイメージが広まりました。
ただし、実際の救命ボート乗船までの経緯は、映画で受ける印象ほど単純ではありません。
ブルース・イズメイとは何者?
ジョセフ・ブルース・イズメイは、ホワイト・スター・ラインを率いていた実業家です。
父トーマス・イズメイも海運業界の人物で、ブルースはその事業を引き継ぎました。
タイタニック号を含むオリンピック級客船の計画にも深く関わっています。
なぜタイタニック号に乗っていた?
タイタニック号は会社にとって非常に重要な新造船です。
イズメイはその処女航海へ一等船客として乗船していました。
単なる観光客ではなく、船会社を代表する人物でもありました。
映画では速度を上げるよう船長へ迫る
映画『タイタニック』では、イズメイがスミス船長へ、
予定より早くニューヨークへ到着して新聞を驚かせたい
という趣旨の話をします。
そのため、
「イズメイが船を高速航行させ、事故を起こした」
という印象を持った人もいるでしょう。
イズメイが沈没の直接原因だった?
そこまで単純には言えません。
事故後の調査では、タイタニック号の速度や氷山警告の扱いが問題になりました。
イズメイとスミス船長の間で航海速度について会話があったという証言もあります。
しかし、
イズメイが船長へ危険な速度を強制し、それが直接事故を起こした
と断定できるほど単純な構図ではありません。
▶ タイタニック号はなぜ氷山を避けられなかった?警告は届いていたのか
氷山衝突後、イズメイは何をしていた?
沈没が始まると、イズメイは救命ボートへの乗船を手伝ったとする証言があります。
つまり最初から自分だけ逃げようとしていたわけではありません。
女性や子供をボートへ誘導する場面もあったとされています。
イズメイはどの救命ボートで助かった?
イズメイは折りたたみ式救命ボートCに乗って生還しました。
このボートはタイタニック号から離れた最後期の救命艇の一つです。
女性や子供を押しのけて乗った?
イズメイ本人は、近くに乗船を待つ女性や子供が見当たらない状態で空席へ乗ったと説明しています。
事故後の調査でも、この行動について厳しく質問されました。
しかし、
女性や子供を物理的に押しのけて席を奪った
という事実が確認されているわけではありません。
それでもなぜこれほど批判された?
理由は、イズメイの立場です。
一般乗客ではありません。
タイタニック号を所有・運航する会社の最高幹部です。
そして船長や多数の乗客が死亡した一方で、自分は救命ボートへ乗って助かりました。
当時の価値観では、
「船会社の責任者なら最後まで船に残るべきだった」
という見方が非常に強かったのです。
「J. Brute Ismay」とまで呼ばれた
事故後、一部新聞はイズメイを激しく攻撃しました。
名前のBruceをもじり、
「J. Brute Ismay」
と揶揄した報道も知られています。
「brute」は残酷な人間、野蛮な人物といった意味です。
事故の責任を象徴する人物として、強烈なイメージが作られていきました。
アメリカとイギリスの調査に出席
イズメイは生還後、アメリカ上院のタイタニック事故調査で証言しました。
その後イギリスでも事故調査が行われます。
船の速度。
救命ボート。
自身の脱出。
ホワイト・スター・ラインの運航。
さまざまな点について厳しい質問を受けます。
事故後すぐ会社を辞めた?
イズメイは事故以前から企業組織上の役職変更を予定していた事情もありますが、タイタニック号事故後は海運界の表舞台から次第に遠ざかります。
事故が彼の社会的評価へ非常に大きな影響を与えたことは間違いありません。
その後はアイルランドで静かに暮らした
後年のイズメイは、アイルランド西部の邸宅などで比較的静かな生活を送りました。
タイタニック号について公に多くを語ることもありませんでした。
新聞などで作られた悪役像とは別に、身近な人々からは異なる人物像も伝えられています。
第一次世界大戦中には慈善活動にも関わった
事故後のイズメイが何もせず隠れて暮らしたわけではありません。
第一次世界大戦期には慈善事業や船員関係の支援などにも関わっています。
ただし世間では、タイタニック号から生還した人物としての印象が強く残りました。
イズメイは1937年に亡くなった
ブルース・イズメイは1937年に亡くなりました。
タイタニック号沈没から25年後です。
事故後も長く生きましたが、生涯タイタニック号の記憶から完全に離れることはできませんでした。
映画ではかなり分かりやすい悪役になっている
ジェームズ・キャメロン版では、イズメイは、
速度を求める。
船の安全性を過信する。
最後には救命ボートへ乗る。
という形で描かれます。
実在人物としてのイズメイには、映画では描かれない行動や証言もあります。
イズメイを完全な「卑怯者」と決めつけられる?
現在では、その評価はより慎重に見る必要があります。
会社幹部として事故への責任を問われるのは当然です。
一方で、
男性なのに生き残った=卑怯
とだけ判断するのも単純すぎます。
救命ボートに空席があった状況や、事故当夜の混乱も考える必要があります。
細野正文と似た問題もある
唯一の日本人乗客・細野正文も、男性でありながら生還したことで批判されました。
イズメイとは立場が違いますが、
「男性は船とともに死ぬべきだったのか」
という当時の価値観を考える上で共通する部分があります。
▶ タイタニック号の日本人・細野正文はなぜ批判された?生還後の人生と噂の真相
まとめ|イズメイは「助かったこと」で生涯批判された
ブルース・イズメイはタイタニック号から生還しました。
しかし船会社の最高幹部という立場だったため、その生還自体が強く批判されます。
映画では分かりやすい悪役として描かれていますが、実際には救命ボートへの乗船を手伝ったとする証言もあります。
会社経営者としての責任。
一人の人間として生きようとした行動。
この二つを分けて見る必要があります。
タイタニック号の実在人物の中でも、イズメイは現在まで評価が大きく分かれる人物なのです。
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実在したイズメイが映画ではどのように描かれているかに注目すると、史実とドラマの違いも見えてきます。
