『余命一年、男をかう』タイトルの意味は?“男をかう”が表すものを考察
※この記事には『余命一年、男をかう』原作の内容に触れるネタバレがあります。
『余命一年、男をかう』というタイトルは、かなり強烈です。
主人公・片倉唯(柴咲コウ)が余命一年を宣告され、ピンク髪のホスト・瀬名吉高(赤楚衛二)を72万円で“買う”。
タイトルだけ見ると、金で男性を買う刺激的な恋愛作品のようにも見えます。
しかし物語を最後まで追うと、この「男をかう」という言葉には別の意味が見えてきます。
結論|「男をかう」は、唯が“自分の人生を買い戻す”物語
表面的には、唯が72万円を出して瀬名との時間を買うことを表しています。
しかし考察すると、このタイトルで本当に重要なのは瀬名を買ったことではありません。
唯は瀬名との時間を通して、
- 我慢していたことをする
- 誰かと一緒に過ごす
- 自分の欲望を認める
- 寂しいと感じる
- 生きたいと思う
ようになります。
つまり唯は、瀬名を買ったことで、結果的に自分自身の人生を取り戻していくのです。
「余命一年」が先に来る意味
タイトルは「男をかう」だけではありません。
余命一年、男をかう。
この順番が重要です。
唯は余命宣告を受けなければ、瀬名へ72万円を渡さなかったでしょう。
死が目前に来たことで、初めて自分が何をしたいのか考えるようになります。
唯にとってお金は「未来への備え」だった
唯は徹底して節約してきました。
老後資金。
一人で生きるためのお金。
将来誰にも頼らないためのお金。
唯にとって金は、自由を買うためではなく、不安を減らすためのものでした。
余命宣告で金の意味がなくなる
ところが余命一年と告げられます。
老後そのものがなくなる。
すると、今まで必死に貯めてきた金の意味が変わります。
ここで初めて、唯は金を「今を楽しむため」に使い始めます。
「買う」とひらがなの「かう」
タイトルでは「買う」ではなく、ひらがなの「かう」が使われています。
この表記について、原作者が公式に特定の意味を説明したものは、現時点では確認できません。
そのためここからは考察です。
漢字の「買う」にすると、金銭による売買という意味が強くなります。
一方で「かう」とひらがなにすることで、単純な売買だけでは説明できない曖昧さが残ります。
物語自体も、金で始まった関係が金だけでは説明できなくなっていきます。
唯は本当に瀬名を買ったの?
形式上はそうです。
72万円を渡し、その後は瀬名の時間を買います。
しかし人間そのものを所有したわけではありません。
むしろ唯の側が、瀬名との関係によって変えられていきます。
「買った側」が一番大きなものをもらう
普通、何かを買えば、買った側が商品を手に入れます。
ところがこの作品では逆です。
唯は瀬名を買ったつもりでした。
しかし最終的に唯が得るのは、
生きたいと思える気持ち
です。
これは金額では測れません。
瀬名もまた唯から影響を受ける
変わるのは唯だけではありません。
瀬名も、唯と出会うことでそれまで当然だと思っていた価値観を揺さぶられます。
映画公式でも、瀬名が唯と出会うことで「当たり前」が崩れていく人物として紹介されています。
つまり72万円の関係は、一方的な売買ではなく、互いを変える関係へ変化します。
タイトルには「人は金で買えるのか」という問いもある
『余命一年、男をかう』は、お金を非常に重要なテーマにしています。
原作者も、老後にいくらあれば安心なのか、なぜ金がないと不安なのかという問題からこの作品を書いたと説明しています。
人の時間。
恋愛。
結婚。
安心。
これらは金で買えるのか。
作品はその問いを何度も投げかけます。
結婚まで「契約」と考える唯
原作では、唯は結婚まで合理的な制度として考えます。
自分が死んだあとに財産を瀬名へ渡す。
そのためには結婚すればいい。
唯は恋愛や結婚すら、損得や制度として理解しようとします。
しかし瀬名は、その考えに反発します。
なぜ瀬名は反発するのか
もし金だけが目的なら、唯との結婚は瀬名にとって非常に得です。
それでも反発する。
つまり、そこにはすでに金で説明できない感情があります。
ここでタイトルの「男をかう」という関係が崩れていきます。
“買った男”が“失いたくない人”になる
最初は72万円を払えば成立した関係でした。
しかし唯にとって瀬名は、次第に金で時間を買わなくても一緒にいたい存在になります。
『余命一年、男をかう』唯と瀬名は恋愛関係になる?2人の関係を解説
「無駄遣い」が人生で一番大切なものになる
Netflix公式では、唯にとって瀬名へ使う72万円が「人生初の無駄遣い」と表現されています。
しかしその無駄遣いが、唯の人生で最も大きな意味を持つことになります。
唯は合理的で無駄のない人生を作ってきました。
ところが最後に唯を変えたのは、最も非合理的な支出でした。
タイトルは「人生に無駄は必要か」という問いでもある?
ここからは考察です。
唯は無駄を徹底的に排除して生きてきました。
しかし、
恋愛。
遊び。
映画。
ゲームセンター。
好きな食べ物。
誰かと過ごす時間。
こうしたものは、効率だけで見れば「無駄」に見えることがあります。
でも人生を豊かにするのは、むしろその無駄かもしれません。
まとめ|“男をかう”ことで唯は「生きる時間」を買った
タイトルの「男をかう」は、表面的には唯が瀬名へ72万円を払うことを意味します。
しかし物語を最後まで見ると、もっと大きな意味が見えてきます。
唯が本当に買ったのは、
瀬名という人間ではなく、自分が今を生きるための時間
だったとも考えられます。
死ぬために金を使ったはずなのに、その金によって生きたいと思えるようになる。
この逆転こそが、『余命一年、男をかう』というタイトルの最も大きな意味ではないでしょうか。
関連記事
『余命一年、男をかう』なぜ72万円?唯が瀬名を買った理由を考察
『余命一年、男をかう』唯はなぜ節約していた?40歳独身女性の生き方を解説
『余命一年、男をかう』“生きるのって悪くない”の意味は?作品テーマを考察
タイトルの意味を原作でも確かめたい方へ
唯がお金や恋愛をどのように考え、瀬名との関係で何が変わっていくのかは、原作小説でも詳しく描かれています。
