※この記事には、映画『祈りの幕が下りる時』の犯人・事件の真相・結末を含む重大なネタバレがあります。

映画『祈りの幕が下りる時』は、押谷道子の殺人事件から始まり、浅居博美と父・忠雄、さらに加賀恭一郎の母・田島百合子の過去までつながっていく物語です。

登場人物には複数の名前があり、現在の事件と過去の出来事も交互に描かれるため、一度観ただけでは「誰が誰を殺したのか」「越川睦夫は誰なのか」が分かりにくい部分があります。

この記事では、事件発生から真相、ラストまでを時系列で追える総合ネタバレとして整理します。個々の人物の動機や12の橋などは、それぞれの関連記事で詳しく扱います。

この記事でわかること

  • 押谷道子を殺したのは誰か
  • 越川睦夫の正体
  • 河川敷の焼死体は誰なのか
  • 浅居博美と父・忠雄が隠していた秘密
  • 事件と加賀の母がどうつながるのか

結論|押谷道子殺害から浅居親子と加賀親子の過去がつながっていく

押谷道子を殺したのは、浅居博美の父・浅居忠雄です。

忠雄は本名を隠し、東京では越川睦夫として生活していました。

さらに、仙台で加賀の母・田島百合子と親しくしていた綿部俊一も忠雄が使っていた名前です。

つまり、

浅居忠雄=越川睦夫=綿部俊一

です。

事件の始まり|押谷道子が東京で殺される

東京都葛飾区のアパートで、女性の遺体が発見されます。

DNA鑑定によって、被害者は滋賀県彦根市に住む押谷道子だと判明します。

押谷は浅居博美の中学時代の同級生で、博美の母・厚子について知らせるため東京へ来ていました。

ところが押谷は、知らないうちに浅居親子が長年隠してきた秘密へ近づいてしまいます。

▶ 『祈りの幕が下りる時』押谷道子はなぜ殺された?東京へ来た理由と事件の真相

越川睦夫の正体は浅居博美の父・忠雄

押谷の遺体が見つかった部屋には、越川睦夫という男性が住んでいました。

しかし事件後、越川は行方不明になります。

捜査が進むと、越川の正体が浅居博美の父・浅居忠雄だったことが分かります。

忠雄は長年、本名を捨て、複数の名前を使いながら生きていました。

▶ 『祈りの幕が下りる時』越川睦夫の正体は?失踪した男の秘密を解説

河川敷の焼死体も浅居忠雄だった

押谷事件とほぼ同じ時期、河川敷では男性の焼死体が発見されます。

最初は押谷事件とは別件に見えますが、捜査によって二つの事件がつながっていきます。

焼死体の正体も浅居忠雄です。

つまり警察が探している越川睦夫は、すでに河川敷で死亡していたことになります。

▶ 『祈りの幕が下りる時』焼死体の男は誰?河川敷の事件とのつながりを解説

12の橋から加賀の母へつながる

越川の部屋に残されたカレンダーには、日本橋周辺の橋の名前が書かれていました。

この橋は、普通に会うことができない忠雄と博美が密かにつながるために使っていたものです。

そして同じ橋の名前が、加賀の母・田島百合子の遺品にも残されていました。

ここから押谷殺害事件と、加賀が長年追い続けてきた母の過去がつながります。

▶ 『祈りの幕が下りる時』12の橋の名前には何の意味がある?父娘の秘密を解説

綿部俊一も浅居忠雄だった

百合子は家を出たあと仙台で暮らしていました。

そこで親しくしていた男性が綿部俊一です。

そして綿部俊一の正体も浅居忠雄でした。

加賀は押谷事件を追うことで、結果的に自分が長年探していた「母が家を出たあとの人生」にも近づくことになります。

ラスト|二組の親子が抱えてきた秘密に区切りがつく

事件の真相が明らかになることで、浅居博美が長年守り続けてきた父との秘密は終わります。

同時に加賀も、母が家を出したあとどのように生きていたのかを知ります。

犯人を捕まえて終わるだけではなく、浅居親子と加賀親子が何十年も抱えてきた過去に一つの区切りがつくことが、この作品のラストです。

▶ 『祈りの幕が下りる時』ラストの意味は?加賀が最後に知った真実を考察

まとめ|一つの殺人事件が二組の親子の過去をつないだ

『祈りの幕が下りる時』を整理すると、押谷道子殺害事件を入り口に、浅居博美と父・忠雄の秘密が明らかになります。

さらに、忠雄が綿部俊一として加賀の母・百合子と関わっていたことで、事件は加賀自身の過去へつながります。

押谷事件を解くことが、浅居親子と加賀親子、二組の家族の物語を終わらせることにもなった。

そこが本作の大きな特徴です。

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