獪岳はなぜ鬼になった?善逸との違いと悲鳴嶼との過去を解説
※この記事には『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』および原作終盤のネタバレがあります。
『鬼滅の刃 無限城編』で、我妻善逸の前に上弦の陸として現れる獪岳。
しかし獪岳は、もともと鬼ではありません。
善逸と同じ桑島慈悟郎に雷の呼吸を教わった鬼殺隊士でした。
それなのに、なぜ鬼を倒す側だった獪岳自身が鬼になってしまったのでしょうか。
さらに獪岳の過去をたどると、岩柱・悲鳴嶼行冥とも意外なつながりがあります。
結論|獪岳が鬼になった最大の理由は「何より自分が生き残りたかったから」
獪岳は鬼殺隊士となった後、上弦の壱・黒死牟と遭遇します。
実力差は圧倒的。
戦えば殺される。
その状況で獪岳は、
死ぬより鬼になって生きる道
を選びました。
つまり獪岳が鬼になった理由は、単純に「鬼に憧れていたから」ではありません。
自分の命を守ることを最優先した結果です。
獪岳はもともと雷の呼吸の剣士
獪岳の師匠は、元・鳴柱の桑島慈悟郎。
善逸にとっては兄弟子にあたります。
獪岳は雷の呼吸の、
弐ノ型。
参ノ型。
肆ノ型。
伍ノ型。
陸ノ型。
を扱える優秀な剣士でした。
一方、壱ノ型だけは使えません。
善逸とは正反対だった
善逸は逆です。
壱ノ型しか使えません。
獪岳は壱ノ型だけ使えない。
善逸は壱ノ型しか使えない。
桑島は、そんな二人に一緒に後を継いでほしいと考えていました。
獪岳は善逸と同列に扱われることを受け入れられなかった
獪岳は努力家です。
多くの型を覚え、善逸より先に修行していました。
それなのに、壱ノ型しか使えず、泣いて逃げてばかりいる善逸と二人で後継者にされる。
獪岳には、
「なぜ自分が善逸と同じ扱いなのか」
という強い不満がありました。
獪岳にとって重要なのは「自分が評価されること」
獪岳の価値観を理解するうえで重要なのが、
自分を正しく評価してくれる相手を重視する
という考え方です。
自分の努力を評価しない人間。
自分を認めない人間。
自分より下だと思う相手と同列に扱う人間。
そうした相手へ強い不満を持ちます。
なぜ黒死牟に会って鬼になった?
鬼殺隊士になった獪岳は、上弦の壱・黒死牟と遭遇します。
黒死牟は十二鬼月最強の鬼。
獪岳が剣士としてどれだけ努力していても、まともに戦えば勝てる相手ではありません。
そこで獪岳は、
死ぬことより鬼として生きること
を選びます。
善逸なら同じ選択をした?
ここが二人の決定的な違いです。
善逸も非常に死を怖がります。
普段から、
「死にたくない」
「逃げたい」
と叫びます。
ところが、本当に誰かを守らなければならない場面では逃げません。
善逸は怖くても他人を守る
鼓屋敷では、炭治郎が大切にしていた禰豆子の入った箱を守りました。
那田蜘蛛山でも戦いました。
遊郭でも仲間のために戦います。
つまり善逸は、
怖がりだけれど、最後には他人を優先できる人物
です。
獪岳は危機になると自分を最優先する
獪岳は逆です。
命の危険に直面した時、
自分が生き残るためなら他人を犠牲にする
選択を繰り返します。
この性格は、黒死牟と出会って鬼になるよりずっと前から描かれています。
獪岳は悲鳴嶼行冥の寺にいた子供だった
獪岳の幼少期には、驚くべきつながりがあります。
岩柱・悲鳴嶼行冥がかつて寺で世話をしていた孤児の一人が獪岳です。
原作本編では別々に描かれていた過去が、単行本の補足や公式資料でつながります。
獪岳は寺のお金を盗んでいた
当時、寺で暮らしていた獪岳は金を盗みます。
それをほかの子供たちに知られ、責められます。
そして夜、寺の外へ出た獪岳は鬼と遭遇します。
そこで獪岳が選んだのは「寺の人間を差し出すこと」
鬼に殺されそうになった獪岳は、自分が助かるために寺へ鬼を招き入れます。
寺には鬼を寄せ付けないための藤の香がありました。
獪岳はそれを消し、鬼が入れる状態を作ってしまいます。
悲鳴嶼の人生を変えた惨劇につながる
その結果、寺の子供たちが鬼に襲われます。
悲鳴嶼は必死に鬼と戦います。
しかし事件後、事情をうまく説明できなかったことなどから、悲鳴嶼自身が子供たちを殺したと疑われてしまいます。
この事件は、後に悲鳴嶼が鬼殺隊へ入る大きなきっかけになります。
獪岳は二度「鬼に他人を差し出した」とも言える
幼い頃。
自分が助かるために寺の人々を鬼へ差し出す。
鬼殺隊士になった後。
自分が助かるために人間側を捨て、鬼になる。
状況は違いますが、根底にある考え方は同じです。
「自分が死ぬくらいなら、他を犠牲にする」
という価値観です。
獪岳はただの「臆病者」なのか?
ここは少し複雑です。
獪岳は修行そのものから逃げていたわけではありません。
雷の呼吸を複数習得し、鬼殺隊士になるほど努力しています。
つまり、
努力ができない人物ではありません。
問題は「自分が報われないこと」に耐えられないこと
獪岳には、
これだけ努力した。
だから評価されるべき。
自分の方が上であるべき。
という思いがあります。
善逸が同じ後継者候補になることも受け入れられません。
善逸は自分を低く評価しすぎる
一方の善逸は、自分に自信がありません。
「自分なんかダメだ」
と考え続けます。
獪岳は自分の価値を高く求めすぎる。
善逸は自分の価値を低く見すぎる。
この二人も極端な対照になっています。
獪岳が鬼になったことで桑島が切腹
弟子が鬼になった責任を取り、桑島慈悟郎は切腹します。
介錯もつけずに命を絶ったことを知った善逸は、それまでとは別人のような覚悟を見せます。
▶ 『鬼滅の刃 無限城編』善逸はなぜ獪岳を許せなかった?2人の過去と因縁を解説
鬼になった獪岳は上弦の陸になる
獪岳は鬼となった後、上弦の陸にまで上がります。
雷の呼吸と鬼の血鬼術を組み合わせた攻撃を使い、善逸を追い詰めます。
もともと剣士として才能があったため、鬼になったことでさらに強くなりました。
それでも善逸に敗れた理由
善逸は壱ノ型しか使えません。
しかし、その一つを徹底的に磨き続けます。
さらに獪岳の知らない、
漆ノ型「火雷神」
を自分で編み出しました。
▶ 善逸の「火雷神」は誰に教わった技?漆ノ型を自分で作った理由を解説
獪岳と善逸の一番大きな違い
二人とも欠けていました。
獪岳は壱ノ型ができない。
善逸は壱ノ型以外ができない。
しかし善逸は、
自分にできないことを嘆くだけではなく、できる一つを極めました。
さらに自分で新しい型を作ります。
獪岳は「足りない自分」を受け入れられなかった
ここからは考察です。
獪岳が本当に苦手だったのは、
自分が完全ではないことを認めること
だったのかもしれません。
壱ノ型が使えない。
善逸と二人で後継者になる。
黒死牟には勝てない。
そうした現実に直面した時、獪岳は自分以外を変える選択をします。
善逸は不完全なまま進んだ
善逸は最後まで壱ノ型以外を使えるようになったわけではありません。
それでも、
「一つしかできないなら、その一つを極める」
道を進みました。
この違いが、二人の最後の勝敗にもつながっています。
まとめ|獪岳は生きるために鬼になった
獪岳が鬼になった最大の理由は、
黒死牟に殺されるより、鬼として生きることを選んだから。
です。
しかし、その選択は突然ではありません。
幼少期にも、自分が生き残るために悲鳴嶼の寺へ鬼を招いた過去があります。
獪岳は努力のできない人物ではありません。
むしろ努力家です。
ただ、
自分が報われないこと。
自分が負けること。
自分が死ぬこと。
を受け入れられなかった。
そこが善逸との最大の違いだったのだと思います。
『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』をもう一度見たい方へ
獪岳の過去と善逸との違いを知ってから二人の戦いを見ると、同じ雷の呼吸を受け継いだ二人がなぜ別々の道へ進んだのかがより分かりやすくなります。
