『トモダチ100人よべるかな?』シーズン1感想・考察|人間関係が見える理由
※この記事には『トモダチ100人よべるかな?』シーズン1の最終結果までネタバレがあります。
『トモダチ100人よべるかな?』シーズン1を最後まで見ると、最初に想像していた番組とはかなり印象が変わります。
タイトルだけなら、
「芸能人の人脈自慢番組」
に見えます。
誰が一番有名人を呼べるのか。
何人友達がいるのか。
そんな軽い企画に思えます。
しかし実際には、
友達とは何なのか。
人脈と人望は同じなのか。
お金を出されたら友情は変わるのか。
という、かなり嫌なところまで踏み込む番組でした。
結論|面白いのは「友達の数」より関係の濃さが見えること
シーズン1で一番面白かったのは、100人以上の芸能人が集まったことそのものではありません。
その人が、なぜ来たのか。
なぜ残ったのか。
なぜ帰ったのか。
が人によってまったく違うところです。
「電話番号を知っている=友達」ではない
森田のスマホには大量の連絡先があります。
Mattにも非常に広い人脈があります。
河合も木村拓哉をはじめ強い芸能界人脈を持っています。
しかし連絡先に入っているだけでは、このゲームでは役に立ちません。
電話に出る。
本当に来る。
待ってくれる。
そこまでして初めてポイントになります。
「人脈」と「人望」が別物なのがよく分かる
人脈は、
誰とつながっているか。
人望は、
その人のためにどこまで動いてくれるか。
この番組では両方がはっきり分かれます。
木村拓哉を呼べても勝てない
河合郁人が木村拓哉を呼べた時点で、普通の人脈番組なら河合の圧勝に見えます。
しかしゲームでは1人です。
一方、森田は芸人仲間を大量に残し、最終的に37人。
「一番すごい人と友達」より「自分のために残る人が多い」方が強い
という結果になります。
理由を言えないから、本当の関係性が出やすい
もしプレイヤーが、
「Amazonの番組で賞金1億円を競ってるから来て」
と言えれば、状況はかなり違います。
仕事として来る人。
テレビに映りたいから来る人。
賞金のために協力する人。
いろいろ出てきます。
しかし言えない。
だから、
「理由は分からないけど、この人が言うなら行く」
という関係が見えます。
待たせることで友情の深さがさらに見える
来るだけなら数十分で済むかもしれません。
しかしこの番組では、そこから待たされます。
何時までかも分からない。
呼んだ本人も来ない。
これはかなり厳しい条件です。
「来てくれる友達」と「待ってくれる友達」は違う
ここが番組の核心だと思います。
突然呼ばれて来る人はいる。
しかし5時間、10時間待つ人は少ない。
つまり、
人脈の広さから、関係の深さへテストが変わっていく
わけです。
ねずみカードでさらに関係が崩れる
そして番組は、それだけでは終わりません。
友達のために残っている人へ、
「帰れば10万円」
という誘惑を出します。
さらに誰かを連れて帰れば報酬が増える。
ただ残るだけだった友情が、今度は金額へ置き換えられます。
10万円で帰ると友達じゃない?
でも、ここは単純ではありません。
何時間も理由を説明されず待たされている。
仕事や家族の予定もある。
そんな状態で10万円を提示されて帰ったからといって、
「友情が偽物」
とは言い切れません。
むしろ呼んだ側の方がひどいという見方もできる
プレイヤー側は、自分の賞金のために友人へ詳しい説明をせず呼び出しています。
トモダチ側からすれば、
「自分を利用しているのはそっちでは?」
とも言えます。
どちらが裏切ったのか簡単に決められないのが、この番組の面白さです。
人間関係には「公平さ」も必要
Mattがデヴィ夫人を手厚くもてなす場面も興味深いです。
高齢の友人へ配慮する。
行動だけ見れば優しい。
しかしほかのトモダチからすると、
「なぜあの人だけ?」
となります。
1人を大事にすると、別の人が不満を持つ。
大人数の人間関係ではよく起こる問題です。
森田チームが強かったのは「友達同士もつながった」から
森田の強さは、森田と各トモダチの1対1関係だけではありません。
みなみかわが企画を推理する。
周囲へ残るよう働きかける。
芸人同士で状況を笑いにする。
森田がいなくても、森田の友達同士で一つの集団ができていく
ところが強かったと感じます。
河合は「人脈の質」が圧倒的だった
河合は途中脱落します。
でもシーズン1を見て、河合の人望がないと感じる人は少ないでしょう。
木村拓哉が突然の電話で来る。
それだけで十分すごいことです。
河合はゲームには負けても、
普段から築いてきた芸能界の信頼関係
をかなり見せました。
Mattは「広い友達」の形が見える
Mattの人脈は森田や河合とはまた違います。
芸能界のジャンルをまたいで非常に広い。
俳優。
モデル。
アーティスト。
タレント。
世代も違う。
「友達の範囲が広い人」の特徴が見えます。
結局「本当の友達」は何人だった?
番組を最後まで見ても、答えは出ません。
最後まで残った37人だけが森田の本当の友達だったわけではありません。
途中で帰った人にも事情があります。
来られなかった人にも予定があります。
電話に出なかったから友達ではないとも言えません。
この番組は友情を「判定」する番組ではない
むしろ、
友情を無理やり数値化すると、こんなに変なことになる
という番組にも見えます。
友達37人。
友達30人。
数字だけなら分かりやすい。
しかし人間関係はそんなに単純ではありません。
一番面白いのは参加者本人も自分の人間関係を知ること
プレイヤー側も、
「この人は来てくれると思ったのに来ない」
「この人がこんなに長く残ってくれた」
という発見があります。
呼ばれる側も、
「自分はこの人の友達として数えられているんだ」
と初めて知ることがあります。
本人たちですら知らなかった関係性が可視化される
ところが、この番組の強さです。
シーズン1が一度しか成立しない理由も分かる
配信後は、この番組の仕組み自体が知られてしまいました。
突然、芸能人の友達から、
「何も聞かずに来て」
と言われたら、
「トモ100じゃない?」
と疑えます。
そのためシーズン2ではルールを大きく変える必要がありました。
最終的に森田が勝った意味
最終結果は、
森田37人。
Matt30人。
森田の優勝。
しかしシーズン1を全部見た後では、
「森田が一番友達が多い」
という単純な結果には見えません。
その日、その状況、その仕掛けの中で、森田のために残った人が最も多かった。
それが正確です。
まとめ|「友達の人数」を競ったら、人間関係の複雑さが見えた
『トモダチ100人よべるかな?』シーズン1は、表面上は友達の人数を競う番組です。
しかし実際に見えるのは、
人脈と人望の違い。
友情とお金。
公平と特別扱い。
友達同士の集団心理。
付き合いの広さと深さ。
です。
そして最後には、
「そもそも友達って人数で測れるものなのか?」
という疑問が残ります。
タイトルは派手なバラエティ番組ですが、実際にはかなりよくできた人間観察番組でした。
『トモダチ100人よべるかな?』シーズン1を見たい方へ
結果だけでなく、「この人はなぜ来たのか」「なぜ残ったのか」を見ながら視聴すると、シーズン1の人間関係がかなり面白く見えてきます。
