夫・遠藤将一さんは妻のがんをどう支えた?『私の命の日記』に描かれた夫婦
※この記事では、遠藤和さんと夫・将一さんの実話、および『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』の内容に触れています。
遠藤和さんの闘病を語るうえで、夫・将一さんの存在は欠かせません。
ただし、将一さんを単純に「妻の願いを何でも受け入れた献身的な夫」と捉えると、二人の関係の重要な部分が抜けてしまいます。
実際には、和さんの病気や妊娠をめぐって意見がぶつかったこともありました。
この記事では出会いや結婚までの経緯には深入りせず、がん発覚後、将一さんが夫として何に悩み、どう和さんと向き合ったのかに絞って整理します。
結論|将一さんの支え方は「何でも賛成すること」ではなかった
将一さんは和さんのそばにいました。
しかし、和さんの希望をすべて無条件に受け入れていたわけではありません。
特に大きかったのが、妊娠をめぐる問題です。
妻の願いをかなえたい気持ちと、妻に少しでも長く生きてほしい気持ち。
その間で悩み、反対することも含めて和さんと向き合っていました。
がん発覚時、二人はまだ結婚前だった
和さんが21歳でステージIVの大腸がんを告げられた当時、将一さんとは交際中でした。
その後、二人は結婚します。
ただしこのページでは、出会いから結婚までの流れは詳しく扱いません。
二人がどのように夫婦になったのかはこちらで整理しています。
遠藤和さんと夫・将一さんはどう出会った?結婚までの実話を解説
結婚後も病気との生活は続いた
結婚したからといって、がんの問題がなくなるわけではありません。
治療を続けながら、夫婦として生活を送ることになります。
将一さんにとっては、夫婦の将来を考えることと、妻の治療を考えることが常に重なる生活でした。
大きな葛藤になったのが「子どもを持つか」
和さんは、自分たち夫婦の子どもを望みました。
しかし妊娠を目指すことには、治療との両立という大きな問題があります。
将一さんは当初、この選択に反対しました。
ここは、将一さんの支え方を考えるうえで最も重要な場面の一つです。
なぜ将一さんは妊娠に反対した?
反対した大きな理由として考えられるのが、和さんの身体への心配です。
治療を中断して妊娠を目指すことには、大きなリスクがあります。
和さんにとっては「二人の子どもに会いたい」という願い。
将一さんにとっては「妻に生きてほしい」という願い。
同じ家族を大切にしているからこそ、二人の考えが一致しませんでした。
「反対した=支えなかった」ではない
将一さんが妊娠に反対したことだけを見ると、和さんの希望を否定したようにも見えます。
しかし実際には、妻の命を心配する立場だからこそ簡単に賛成できなかったと考えられます。
相手の希望に同意することと、相手を大切に思うことは同じではありません。
この葛藤が、二人の夫婦関係を現実的に感じさせる部分です。
夫婦で話し合い、最終的に出産へ進む
最終的に二人は子どもを持つ道を選びます。
和さんは妊娠し、23歳で娘を出産しました。
ここで重要なのは、将一さんが最初から賛成していたわけではないことです。
反対し、悩み、それでも夫婦で話し合った末に同じ選択へ進んでいます。
和さん自身がなぜ出産を望んだのかはこちらで詳しく整理しています。
遠藤和さんはなぜ出産を決めた?病気の中で母になることを選んだ理由
娘の誕生で将一さんは父になる
娘が生まれたことで、将一さんの立場も変わります。
それまでの「夫」に加えて、「父」として家族を支える生活が始まります。
和さんの治療は続いていましたが、家族3人の日常も同時に続いていました。
将一さん自身も病気に人生を変えられた
『ママがもうこの世界にいなくても』は和さんの闘病記ですが、病気の影響を受けたのは和さん一人ではありません。
将一さんも、
- 恋人のがん告知
- 結婚
- 治療との生活
- 妊娠をめぐる葛藤
- 父になること
- 妻の病状悪化
を経験しています。
つまり将一さんも、病気によって何度も人生の選択を迫られた人物です。
2021年、和さんに余命が告げられる
2021年には病状が進み、和さんに余命が告げられます。
この時期、夫婦にとって「治すための時間」だけではなく、残された時間を家族としてどう過ごすかが重要になります。
和さんは亡くなる直前まで日記を書き続けました。
最後の日記についてはこちらで詳しく整理しています。
遠藤和さんはいつ亡くなった?亡くなる10日前まで書き続けた日記とは
和さんの死後は「支える夫」から「残された夫」へ
和さんは2021年9月8日に24歳で亡くなりました。
ここで将一さんの立場は再び変わります。
それまで妻の病気に向き合っていた夫が、今度は妻を亡くしたあとを生きることになります。
その後の将一さんについてはこちらで別に整理しています。
遠藤和さんの夫・将一さんはその後どうなった?妻を亡くしたあとの5年間
この夫婦で印象的なのは「意見が違っても一緒に決めた」こと
将一さんの役割を「和さんを支えた人」とだけ書くと、少し一方向です。
実際の二人には意見の違いがありました。
妊娠をめぐっては考えがぶつかりました。
それでも、相手の考えを無視して別々に進むのではなく、夫婦として選択を重ねています。
同じ意見だったから支え合えたのではなく、違う考えを持ちながらも一緒に決め続けた。
そこに二人の夫婦関係の特徴があります。
原作では和さん本人の視点から夫婦を読める
映画では川口春奈さんと高杉真宙さんが夫婦を演じます。
一方、原作では和さん本人の日記を通して、病気、夫婦の葛藤、家族との時間を読むことができます。
まとめ
遠藤将一さんは、和さんの病気に向き合い続けた人物です。
ただし、その支え方は「妻の希望に何でも賛成する」というものではありませんでした。
妊娠には反対し、妻の命を心配し、夫婦で意見がぶつかることもありました。
それでも二人は話し合い、最終的に娘を迎える道を選びます。
『ママがもうこの世界にいなくても』に描かれているのは、一方がもう一方を支えるだけの夫婦ではなく、難しい現実の中で何度も一緒に決断した夫婦です。
