遠藤和さんと夫・将一さんはどう出会った?結婚までの実話を解説
※この記事では、遠藤和さんと夫・将一さんの実話、および原作『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』の内容に触れています。
『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』では、遠藤和さんと夫・将一さんの関係も大きな軸になっています。
映画では、高杉真宙さんが将一さんを演じます。
二人は、和さんのがんが分かってから出会ったわけではありません。
病気になる前から交際し、その後、和さんが21歳でステージIVの大腸がんを告げられてからも関係を続け、結婚しました。
この記事では妊娠や闘病中の支え方には広げず、二人が恋人から夫婦になるまでに絞って整理します。
結論|二人はがん発覚前から交際していた
和さんと将一さんの関係は、病気をきっかけに始まったものではありません。
原作では、がん診断以前から将一さんとの時間が描かれています。
和さんが大腸がんと診断されたのは2018年です。
その時点で二人はすでに交際していました。
将一さんは和さんより6歳年上
将一さんは和さんより6歳年上です。
和さんが21歳でがんを宣告された当時、二人はまだ夫婦ではありませんでした。
つまり将一さんは、結婚後に妻の病気を知ったのではなく、恋人の段階で和さんの重い病気と向き合うことになったわけです。
21歳でステージIVの大腸がんを告げられる
和さんは21歳のときにステージIVの大腸がんを宣告されます。
まだ若く、将来についても多くのことが決まっていない時期でした。
二人の関係も、ここから大きな転機を迎えます。
将一さんの「絶対、別れない」
原作の紹介では、がんを告げられた和さんに対し、将一さんが「絶対、別れない」と応じたことが紹介されています。
この言葉は、後に夫婦になった結果を知ってから見ると象徴的です。
ただし、この時点では結婚も、その先の生活も決まっていません。
病気がどう進むのか分からない中で、まず「恋人として一緒にいる」ことを選んだ場面です。
その後、二人は結婚へ進む
和さんは22歳で将一さんと結婚します。
原作では「結婚」にあたる時期も記録されています。
病気になる前から交際していた二人が、がん告知を経ても関係を続け、夫婦になったという流れです。
結婚は「病気だからした」のではない
二人の関係を見るときに重要なのは、結婚を病気だけで説明しないことです。
将一さんは、和さんががんになったあとに同情から現れた人物ではありません。
病気になる前から続いていた恋人関係があり、その延長線上に結婚があります。
この点を押さえると、二人の結婚が「闘病を支えるための結婚」だけではなかったことが分かります。
結婚式は『笑ってコラえて!』でも紹介された
二人の結婚式は、日本テレビ系『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』の「結婚式の旅」で取り上げられました。
この放送をきっかけに、遠藤夫妻を知った人もいます。
その後、和さんの日記が書籍となり、さらに映画化へつながっていきます。
映画では高杉真宙が将一さんを演じる
映画版では、将一さんを高杉真宙さんが演じます。
和さん役は川口春奈さんです。
映画では二人の出会いから結婚までがどこまで描かれるのか、原作との違いも注目点になります。
結婚後の夫婦には別の問題も待っていた
結婚後、二人には「子どもを持つかどうか」という大きな問題が出てきます。
この部分は、二人がどう出会い結婚したかという話とは別のテーマです。
将一さんが妻の病気や妊娠にどう向き合ったのかはこちらで詳しく整理しています。
夫・遠藤将一さんは妻のがんをどう支えた?『私の命の日記』に描かれた夫婦
出産を決めるまでの経緯はこちら
和さんがなぜ子どもを望み、夫婦が最終的に出産へ進んだのかはこちらで整理しています。
遠藤和さんはなぜ出産を決めた?病気の中で母になることを選んだ理由
妻を亡くしたあとの将一さんについてはこちら
結婚後の夫婦生活ではなく、和さんが亡くなったあとの将一さんの人生についてはこちらで整理しています。
遠藤和さんの夫・将一さんはその後どうなった?妻を亡くしたあとの5年間
原作で二人の関係を読みたい方へ
映画では夫婦として描かれる二人ですが、原作では和さん本人の言葉から、恋人時代から結婚までの流れを知ることができます。
まとめ
遠藤和さんと将一さんは、和さんのがん発覚前から交際していました。
和さんが21歳でステージIVの大腸がんを告げられたあとも関係は続き、将一さんは「絶対、別れない」と応じます。
その後、和さんが22歳のときに二人は結婚しました。
二人の結婚は、病気をきっかけに突然始まった関係ではなく、病気になる前から続いていた恋人関係の先にあったものです。
まずここを押さえると、その後の闘病、妊娠、出産をめぐる夫婦の選択も分かりやすくなります。
