『祈りの幕が下りる時』本当の元凶は誰?すべての悲劇を生んだ人物を考察
※この記事には、映画『祈りの幕が下りる時』の過去と結末を含む重大なネタバレがあります。
『祈りの幕が下りる時』を観終わると、犯人とは別に一つの疑問が残ります。
「そもそも浅居親子の悲劇は、どこから始まったのか?」
押谷道子を殺したのは浅居忠雄です。
しかし忠雄と博美の人生が壊れ始めたのは、それよりはるか以前でした。
この記事では現在の殺人事件には広げず、悲劇の起点となった母・浅居厚子の行動に絞って考察します。
この記事でわかること
- 浅居家の悲劇はどこから始まったのか
- 厚子は何をしたのか
- なぜ忠雄と博美は逃亡生活へ入ったのか
- 厚子を「元凶」と呼べるのか
- 厚子にその後の犯罪まで責任があるのか
結論|浅居家の悲劇の出発点は母・浅居厚子
この記事でいう「元凶」とは、殺人事件の犯人という意味ではありません。
浅居家の生活が壊れ、悲劇の連鎖が始まる大きなきっかけを作った人物という意味です。
その意味では、母・浅居厚子の行動が大きな出発点になっています。
厚子の行動で父と娘の生活が崩れる
厚子は家族から離れ、忠雄名義の借金を残します。
その結果、忠雄とまだ幼い博美は取り立てに追われ、それまでの生活を続けられなくなります。
博美にはもちろん責任がありません。
それでも大人の問題によって、家も学校生活も、それまでの日常も失っていきます。
ここから父娘の逃亡生活が始まります。
逃亡生活が父娘の人生をさらに変えていく
逃亡生活の中で、父娘はさらに重大な出来事へ巻き込まれます。
忠雄は娘の未来を守るため、事件を表に出さず、自分自身を死んだ人物として扱わせる道へ進みます。
その結果、忠雄は本名では生きられなくなり、博美とも普通の親子として暮らせなくなります。
つまり厚子の残した問題が、直接すべてを引き起こしたわけではありませんが、その後の父娘の人生を大きく変える最初のきっかけになったことは確かです。
「元凶」と「犯人」は同じではない
ここは明確に分ける必要があります。
厚子が浅居家の生活を壊すきっかけを作ったとしても、後に押谷道子を殺すと決めたのは忠雄です。
忠雄が選んだ犯罪の責任まで厚子へ移すことはできません。
厚子は悲劇の起点。
その後の犯罪には、それぞれ行動した本人の責任がある。
この二つは両立します。
なぜ厚子が「全部の原因」に見えやすい?
厚子の行動による負担を受けたのが、夫・忠雄と幼い娘・博美だからです。
特に博美は、自分では何も選べない子どもでした。
一方、忠雄はその後、娘を守るため自分の人生を大きく犠牲にします。
そのため物語を見ている側には、厚子が残した問題を父と娘だけが長年背負い続けているように見えます。
これが「厚子が元凶では?」と感じやすい理由です。
厚子がいなければ事件は起きなかった?
これは断定できません。
厚子の行動がなければ父娘の逃亡生活が始まらず、その後の出来事も違うものになった可能性はあります。
しかし「厚子がいなければ押谷は殺されなかった。だから押谷殺害も厚子の責任だ」とするのは飛躍です。
物語の原因をたどることと、犯罪の責任を決めることは別だからです。
まとめ|厚子は悲劇の「起点」だが、すべての罪の責任者ではない
浅居親子の人生が壊れ始める大きなきっかけを作ったのは、母・浅居厚子です。
家族から離れ、忠雄名義の借金を残したことで、忠雄と幼い博美はそれまでの生活を失い、逃亡生活へ入ります。
その意味で、浅居家の悲劇の「元凶」を考えるなら厚子は重要な人物です。
ただし、厚子は悲劇の起点ではあっても、その後に忠雄や博美が選んだ犯罪の責任者ではありません。
そこを分けて考えることで、本作の悲劇の連鎖が整理しやすくなります。
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