『白鳥とコウモリ』倉木達郎は悪人なのか?2度も人をかばった理由を考察
映画『白鳥とコウモリ』を見終わったあと、倉木達郎という人物をどう評価すればいいのか迷った人も多いのではないでしょうか。
達郎は33年前の灰谷昭造殺害事件で、真犯人だった白石健介をかばりました。
その結果、無実の福間淳二が犯人として疑われ、福間本人だけでなく、その家族の人生まで大きく狂ってしまいます。
そして33年後。
今度は白石健介を殺した安西知希を守るため、
「全部、私がやりました」
と自分が犯人であるかのような嘘の自白をします。
つまり達郎は人生で二度、
「人を守るために真実を隠した」
ことになります。
では倉木達郎は、善人なのでしょうか。
それとも、冤罪を生み、再び殺人犯をかばった悪人なのでしょうか。
この記事では、達郎がなぜ白石と知希をかばったのか、その行動が本当に正しかったのかを考察します。
結論|倉木達郎は悪人というより「善意で間違った選択をする人」
結論から言うと、倉木達郎を単純な悪人として見るのは少し違うと思います。
達郎は、自分の利益のために犯罪を隠した人物ではありません。
33年前も2017年も、
「この人の人生を守ってやりたい」
という気持ちから行動しています。
しかし問題は、
その善意のために真実を隠してしまうこと。
そしてそのたびに、守ろうとした人物とは別の誰かが傷ついています。
達郎は、善意を持っているからこそ間違った方向へ進んでしまう人物として描かれているのではないでしょうか。
1度目|達郎は33年前に白石健介をかばった
1984年、灰谷昭造が殺されます。
本当の犯人は白石健介でした。
白石は祖母が灰谷による金銭被害に遭ったことを知り、灰谷を問い詰めます。
そしてその場で灰谷を殺してしまいます。
達郎はその真相を知っていました。
しかし、白石を警察へ突き出しません。
若い白石の将来を守ろうとし、真実を隠す道を選びます。
▶ 『白鳥とコウモリ』白石健介はなぜ灰谷昭造を殺した?33年前の事件を解説
白石を守った結果、福間淳二が犯人にされた
達郎にとって最大の誤算だったのが、福間淳二です。
白石が名乗り出ない。
達郎も真実を話さない。
その結果、灰谷とトラブルを抱えていた福間へ警察の疑いが集中します。
福間は殺人を犯していないにもかかわらず、犯人として追い詰められていきました。
つまり達郎は、
一人を守るために、別の無実の人間を苦しめる結果を作ってしまった
ことになります。
▶ 『白鳥とコウモリ』福間淳二はなぜ犯人にされた?冤罪事件の真相を解説
達郎は33年間、福間家への罪悪感を抱えていた
達郎は、この出来事を忘れて生きていたわけではありません。
自分が白石をかばったことで、福間淳二が犯人にされた。
さらに福間の家族まで、
「殺人犯の家族」
として苦しむことになった。
その事実は、達郎にとって長年消えない罪悪感になっていたと考えられます。
2度目|33年後、達郎は安西知希をかばう
2017年。
今度は白石健介が殺害されます。
本当の犯人は安西知希でした。
そして知希は、33年前に冤罪となった福間淳二の孫です。
ここで達郎は再び、
犯人を警察へ突き出すのではなく、自分が罪をかぶる
という選択をします。
達郎はどうやって知希が犯人だと知った?
映画版だけを見ると、ここはかなり分かりにくくなっています。
達郎がいつ、どうやって知希の犯行を知ったのかが、映画では大幅に省略されているためです。
しかし原作では、もっと具体的な流れがあります。
まず倉木は、福間淳二の娘である浅羽織恵に白石健介についてメールを送ります。
そのメールを、織恵の息子・安西知希が盗み見ます。
そこで知希は、
- 祖父・福間淳二が本当は無実だったこと
- 33年前の真犯人が白石健介だったこと
- 白石が現在も弁護士として生きていること
を知ります。
そして白石殺害後、織恵が知希を問い詰めます。
知希は自分が白石を殺したことを認めます。
その事実を織恵が倉木へ伝え、倉木はさらに知希本人から犯行について話を聞きます。
つまり原作では、
達郎は推理だけで知希を犯人だと判断したわけではありません。
織恵から知らされ、知希本人からも詳しい話を聞いたうえで犯人だと知っています。
▶ 『白鳥とコウモリ』倉木達郎はなぜ安西知希が犯人だと分かった?原作では織恵が知っていた
達郎はなぜ知希を警察へ突き出さなかった?
普通に考えれば、殺人を犯した知希を警察へ届けるべきです。
しかし達郎には、知希を単なる殺人犯として見ることができない事情がありました。
知希の祖父・福間淳二が冤罪になった原因の一つは、
33年前に自分が白石をかばったこと
だからです。
達郎からすれば、知希は、
自分の過去の過ちによって人生に影響を受けた家族の次の世代
でもありました。
さらに知希が白石を知ったきっかけも達郎のメールだった
原作の流れを知ると、達郎の罪悪感はさらに複雑です。
知希が白石健介の存在を知ったきっかけは、
倉木が織恵へ送ったメール
でした。
もちろん、知希がそのメールを盗み見ることまで達郎が予想できたわけではありません。
また、実際に白石を殺すことを選んだ責任は知希本人にあります。
それでも達郎は、
「自分がメールを送らなければ、この事件は起きなかったのではないか」
と考えた可能性があります。
ここからは考察です。
33年前の福間冤罪への罪悪感に加え、2017年の事件にも自分が間接的に関わったという意識が、達郎を身代わりの自白へ追い込んだのではないでしょうか。
達郎は「福間家への償い」として知希を守ろうとした?
達郎の中では、知希を守ることが、福間家への償いになっていたのかもしれません。
33年前。
自分は白石健介を守った。
そのせいで福間淳二が犠牲になった。
なら今度は、
福間の孫である知希を自分が守る。
そう考えたとしても不思議ではありません。
しかし知希は冤罪ではない
ここが非常に重要です。
福間淳二は無実でした。
しかし安西知希は違います。
知希は実際に白石健介を殺しています。
つまり、33年前と2017年では状況がまったく違います。
福間を救うことと、知希の罪を隠すことは同じではありません。
達郎は罪悪感の向け方を間違えている
ここからは考察です。
達郎の最大の問題は、強すぎる罪悪感ではないでしょうか。
福間家に申し訳ない。
知希まで刑務所へ行かせたくない。
自分が代わりに罰を受ければいい。
その気持ちは理解できます。
しかし、
自分が罪をかぶっても、知希が殺人を犯した事実そのものは消えません。
達郎は、償うべき相手と方法を取り違えてしまっています。
達郎の嘘によって今度は和真が傷ついた
さらに、達郎には息子・倉木和真がいます。
達郎が殺人を自白したことで、和真の人生も一変します。
和真は突然、
「殺人犯の息子」
になります。
達郎は知希を守ろうとしました。
しかしその結果、今度は自分の息子を苦しめました。
33年前とまったく同じ構造になっている
ここが『白鳥とコウモリ』で非常に面白いところです。
1984年
白石健介を守る。
↓
福間淳二とその家族が苦しむ。
2017年
安西知希を守る。
↓
倉木和真が苦しむ。
達郎は、
誰かを救うために別の誰かを犠牲にしてしまう
という失敗を二度繰り返しているのです。
達郎に悪意はない
それでも達郎を「悪人」と呼び切れないのは、彼の行動に悪意がほとんどないからです。
お金が欲しいわけではありません。
自分が助かりたいわけでもありません。
むしろ二度目に至っては、自分が殺人犯として処罰される可能性まで受け入れています。
達郎が考えているのは、常に
「誰かを守りたい」
ということです。
善意なら嘘をついてもいいのか?
『白鳥とコウモリ』が面白いのは、ここに単純な答えを出していないところです。
達郎の気持ちは理解できる。
しかし達郎の行動は正しくない。
この二つが同時に成立します。
人を思いやる気持ちがあれば、その人の行動まで正しくなるわけではありません。
白石健介も似た人物だった
実は白石健介にも似た部分があります。
33年前には重大な罪を犯しました。
しかしその後は弁護士となり、人を助ける側で生きています。
白石も、
完全な善人でも完全な悪人でもない。
達郎も同じです。
だからこそ、この作品の登場人物を「いい人」「悪い人」の二つだけに分けることは難しくなっています。
「白鳥」と「コウモリ」の間にいる達郎
倉木達郎は、人を守ろうとする優しさを持っています。
一方で、真実を隠し、結果的に人を傷つけています。
善意と過ち。
正義と罪。
その両方を抱えた人物です。
この曖昧さは、『白鳥とコウモリ』というタイトルにも通じる部分があります。
▶ 『白鳥とコウモリ』タイトルの意味を考察|なぜ白鳥とコウモリなのか?
主題歌「灰色」に最も近い人物の一人?
達郎は、白でも黒でもありません。
人を助けようとする気持ちは本物。
しかし、その手段は間違っている。
そう考えると、達郎はこの作品の登場人物の中でも特に、
「灰色」
という言葉が似合う人物かもしれません。
原作者が描いているのも「犯人探し」だけではない
原作者・東野圭吾さんは、本作について、犯人が分かったところが終わりではなく、被害者遺族と加害者家族の苦悩が物語の中心だとコメントしています。
この言葉を考えると、倉木達郎の役割も分かりやすくなります。
達郎は単なる「嘘の自白をした怪しい男」ではありません。
一つの犯罪が何十年も残し続ける罪悪感と、その罪悪感によって再び間違った選択をしてしまう人間を象徴する人物でもあります。
達郎が本当にすべきだったことは?
ここからは考察です。
33年前、達郎が本当に白石を思うなら、警察へ行くよう説得するべきだったのかもしれません。
そして2017年。
知希を本当に救いたいなら、自分が罪をかぶるのではなく、知希自身に罪と向き合わせるべきだったのではないでしょうか。
達郎は、
「守ること」と「罪から逃がすこと」
を混同してしまった人物とも言えます。
倉木達郎は悪人なのか?
私は、悪人とは言い切れないと思います。
ただし、
「優しい人だから仕方なかった」
で済ませることもできません。
達郎の選択によって、実際に多くの人が苦しんだからです。
その意味では、
善人か悪人かという二択そのものが、倉木達郎には合わない
のではないでしょうか。
まとめ|達郎は2度「守る相手」を間違えた
倉木達郎は人生で二度、犯人をかばっています。
1度目は白石健介。
33年前、若い白石の将来を守ろうとして真実を隠しました。
しかし、その結果、無実の福間淳二が犯人にされ、福間家が長く苦しむことになります。
2度目は安西知希。
福間家への罪悪感から、その孫である知希を守ろうとし、自分が犯人だと嘘の自白をしました。
原作では、知希の犯行を先に知った織恵から倉木へ連絡が入り、倉木自身も知希本人から詳細を聞いています。
それでも達郎は警察へ知らせず、自分が罪をかぶりました。
達郎の行動には共通点があります。
誰かを守りたい。
その気持ちは本物です。
しかしそのために真実を隠し、別の誰かを傷つけてしまいます。
33年前には福間家。
2017年には息子の和真。
達郎は悪意のある悪人ではありません。
むしろ人を思いやる気持ちが強い人物です。
だからこそ、
善意だけでは正しい行動にはならない
という『白鳥とコウモリ』のテーマを強く表している人物なのだと思います。
▶ 倉木達郎はなぜ安西知希が犯人だと分かった?原作では織恵が知っていた
▶ 安西知希の殺人動機がひどい?「殺人に興味があった」の意味を考察
映画を観て原作も気になった方へ
映画では時間の都合で省かれている人物関係や捜査の流れも、原作ではより細かく描かれています。
映画を観たあとに読むと、倉木達郎や白石健介、それぞれの人物の印象も少し変わって見えると思います。
