『プロジェクト・ヘイル・メアリー』映画と原作の違い|変更点・省略された場面を比較
※この記事には映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』と原作小説の結末までネタバレがあります。
映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、アンディ・ウィアーの同名小説をかなり忠実に映像化しています。
グレース。
ロッキー。
アストロファージ。
タウメーバ。
そして最後の選択。
物語の核はほぼ同じです。
しかし約500ページの小説を一本の映画にするため、
省略・変更・映画オリジナル要素
もあります。
結論|大筋はかなり忠実。ただし映画は「科学」より「グレースとロッキーの友情」を強くした
映画と原作の最大の違いを一言で言うなら、
原作は科学的な試行錯誤をじっくり描く。
映画はグレースとロッキーの関係をより前面へ出す。
という違いです。
原作者アンディ・ウィアー自身も、映画が「協力」という原作の核をさらに明確に強調した変更を高く評価しています。
違い1|映画には「カール」というオリジナル人物がいる
映画序盤でグレースと行動するカール。
実は、
原作には登場しない映画オリジナルキャラクターです。
なぜカールを追加した?
小説ではグレースの思考を文章で直接読めます。
「今こう考えている」
「この実験をしてみよう」
と内面を説明できます。
しかし映画でずっと独り言を言わせると不自然です。
カールがグレースの会話相手になる
映画ではカールを置くことで、
グレースが考えていること。
科学的な説明。
人間らしい反応。
を会話として見せられるようになりました。
違い2|ヘイル・メアリー号のデザインが違う
原作には宇宙船の構造がかなり具体的に設定されています。
映画版では映像として見栄えがよく、登場人物を動かしやすいよう船体設計が変更されています。
映画版の船内は広くなった
原作のヘイル・メアリー号は、かなり限られた空間で物語が進みます。
映画では、
中央の居住スペース。
映像を映せる空間。
などが追加されています。
地球の風景を映す部屋も映画オリジナル
グレースたちの精神面を支えるため、地球の自然を映像として見せる演出があります。
これは原作にはありません。
原作者も、狭い室内だけでは映画として単調になりやすいため、映像化に合った良い変更だと評価しています。
違い3|グレース一人の時間がかなり短縮
原作では、ロッキー登場までにグレースが一人で過ごす時間がかなりあります。
自分の状況を確認する。
船を調べる。
科学実験をする。
記憶を少しずつ取り戻す。
映画はロッキーとの出会いへ早く進む
映画ではテンポを上げ、グレースとロッキーの物語へ早めに移ります。
そのため、原作を読んだ時ほど「ずっと一人だった」という感覚は強くありません。
違い4|科学説明がかなり圧縮されている
これは最も大きな違いの一つです。
原作では、
アストロファージ。
人工重力。
相対性理論。
タウメーバ。
エリド人の生物学。
などをかなり詳しく説明します。
映画では「結果」を中心に見せる
映画でも科学は重要です。
ただし、計算式や細かな実験過程の多くは短縮。
観客が物語を理解するために必要な部分へ絞っています。
原作好きには科学部分の省略がかなり分かる
原作では、
「なぜそう考えた?」
「どう実験した?」
「なぜ失敗した?」
まで追えます。
映画はそこを短くし、感情と物語の進行を優先しています。
違い5|地球側の人物が整理されている
原作では、プロジェクト・ヘイル・メアリーに関わる多くの科学者や乗組員候補が登場します。
映画ではかなり整理されています。
グレースが訓練した乗組員との関係も縮小
原作ではグレースと乗組員候補の交流もあります。
映画では、ロッキーとの関係へ時間を使うため、こうした人物の描写は短くなっています。
違い6|ストラットの存在感は映画で強くなった
原作でもエヴァ・ストラットは非常に重要です。
しかし映画ではザンドラ・ヒュラー演じるストラットとグレースの関係が、より人間的に描かれています。
映画では二人の感情的なつながりが強い
だからこそ、最後にストラットがグレースを強制的に宇宙へ送り出す場面の重さも増しています。
違い7|ロッキーを助ける場面の流れが違う
アドリアンでのサンプル採取事故。
グレースが危険に陥る。
ロッキーが助ける。
ここまでは同じです。
原作ではグレースもロッキーをかなり直接的に救護する
原作では、ロッキー救出後にグレースがエリド人の体の仕組みを考えながら救命を試みる場面があります。
しかも、一部はグレースの思い違いも含まれます。
映画ではこの科学的な救命過程を簡略化
映画ではこの部分を大きく短縮。
ロッキーの回復を待ちながらグレースが研究を続ける形へ変えています。
違い8|映画ではグレースがロッキーの船へ入る
映画には印象的なオリジナル場面があります。
グレースがロッキーの宇宙船へ実際に入る場面。
原作にはこの場面がない
映画ではロッキーがグレース用の装備を用意し、グレースがエリド側の船内を体験します。
原作にはない映画独自の追加です。
二人の別れをより感情的にする変更
映画ではグレースとロッキーの友情を中心にしたため、
「相手の世界を実際に見せる」
場面が加えられたと考えると分かりやすいです。
違い9|二人が一緒に過ごす時間が短く感じる
原作ではグレースとロッキーは長期間にわたって研究します。
そのためグレースはロッキー語をかなり自然に理解できるようになります。
映画では時間経過が圧縮されている
上映時間の都合もあり、二人が言葉を覚え、研究し、友情を深めるまでが速く進みます。
違い10|タウメーバ流出の伏線が原作の方が長い
原作ではタウメーバが非常に危険な生物であることを、かなり早い段階から描きます。
タウメーバが船内で問題を起こすエピソードもあります。
だから原作では終盤の危機への伏線が強い
最終的にタウメーバがロッキーの船の燃料へ到達してしまう。
原作では、
「そういえば以前にも同じことが起きていた」
とつながります。
映画ではこの前段階をかなり短縮
そのため終盤の危機は、原作より突然に感じるかもしれません。
違い11|ラストに地球側の追加シーンがある
映画と原作で、グレースの最終的な選択はほぼ同じです。
ロッキーを助ける。
エリドへ行く。
エリドで教師になる。
ここは変わりません。
映画ではストラット側のエピローグを追加
映画では、地球側で年老いたストラットが、グレースから送られた成果を受け取る描写が追加されています。
地球側で何が起きたのかを観客が直接確認できる
ようになりました。
▶ 映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』原作の結末と違う?ラストを比較して解説
違い12|映画のエリドでの生活は視覚的に豪華
原作でもグレースはエリドで人間用の居住空間に住みます。
映画ではその生活環境を、より映像的に分かりやすく、快適そうに表現しています。
変わっていない最大の部分は何?
グレースとロッキーの友情。
です。
映画化で多くの科学説明や人物が整理されても、
二人が出会う。
協力する。
親友になる。
最後にグレースが助けに戻る。
という物語の中心は変えていません。
原作者も映画版を高く評価
アンディ・ウィアーは映画のプロデューサーとして脚本改稿や映像を確認しており、映画版を非常に忠実な映像化として評価しています。
原作を読んだ人でも映画を見る意味はある?
あります。
物語の結末を知っていても、
ロッキーの姿。
無限の宇宙。
二隻の宇宙船。
グレースとロッキーの会話。
など、映像ならではの魅力があります。
映画を見た人が原作を読む意味も大きい
逆に映画から入った人は、原作を読むことで、
なぜこの科学的結論になったのか。
どんな実験をしたのか。
グレースが何を考えていたのか。
をより深く理解できます。
まとめ|映画は原作の物語を守りながら、友情中心に再構成した
主な違いは、
映画オリジナルのカールが登場。
宇宙船のデザイン変更。
科学説明の大幅な圧縮。
地球側人物の整理。
ストラットの存在感を強化。
ロッキー救命場面の変更。
グレースがロッキーの船へ入る場面を追加。
二人の共同生活期間を短く表現。
タウメーバ関連の伏線を短縮。
地球側のエピローグを追加。
などです。
ただし、
グレースとロッキーが出会い、科学で協力し、最後には親友になる
という本作の核はほぼ変わっていません。
原作は「科学をもっと知りたい人」。
映画は「二人の友情を映像で体験したい人」。
それぞれ違う良さを持った作品になっています。
映画と原作の違いを実際に読み比べたい方へ
映画では省略された科学実験や登場人物、グレースの細かな思考まで確認したい場合は、原作を最初から読むとかなり違った印象になります。
