※タイタニック号の乗船者数・死者数は資料によって若干異なります。この記事では一般的に用いられる集計をもとに、数字に多少の幅があることも含めて解説します。

映画『タイタニック』では、船が沈んだあと海面を埋め尽くすほど多くの人々が描かれます。

では実際には、

タイタニック号に何人乗っていたのでしょうか。

何人が亡くなり、何人が助かったのでしょうか。

さらに重要なのが、

一等・二等・三等で生存率に大きな差があった

という事実です。

結論|約2200人が乗船し、約1500人が死亡、700人余りが生還

タイタニック号には乗客と乗員を合わせ、約2200人が乗っていました。

そのうち、

約1500人が死亡。

700人余りが生還。

しました。

つまり、

乗っていた人の約3人に2人が亡くなった

ことになります。

なぜ資料によって人数が違う?

タイタニック号の犠牲者数には、1500人前後で複数の数字があります。

理由は、

直前の乗船キャンセル。

乗員名簿。

乗船券。

子供の登録。

同姓同名。

など、当時の記録をどう集計するかで違いが出るためです。

そのため「1500人前後」と理解するのが安全です。

生存率は約3割

全体で見ると、生還できたのは約3割です。

しかしこの数字だけでは、タイタニック号の悲劇の特徴は見えません。

男女。

年齢。

乗客階級。

乗員。

によって、生存率は大きく違います。

女性の生存率は男性より高かった

救命ボートへの乗船では、

「女性と子供を優先」

という方針が採られました。

そのため女性の生存率は男性より大幅に高くなりました。

特に一等・二等の女性は高い割合で生還しています。

成人男性の犠牲が非常に多かった

一方、成人男性の多くは船に残りました。

救命ボートへ乗ることを認められなかった男性もいます。

空席があれば男性を乗せる士官もいましたが、

「女性と子供だけ」

に近い運用を行った場所もありました。

その結果、男性の死亡率は非常に高くなります。

一等客は比較的生存率が高かった

一等船客は、三等船客より救命ボートのある上甲板へ近い位置にいました。

船内構造にも慣れやすく、避難情報を得やすい環境でした。

そのため、全体として生存率は比較的高くなっています。

一等なら全員助かったわけではない

もちろん、一等船客でも多くの犠牲者が出ています。

ジョン・ジェイコブ・アスター。

ベンジャミン・グッゲンハイム。

イジドー・ストラウス。

など著名な男性乗客も死亡しました。

一等客だから必ず救命ボートへ乗れたわけではありません。

二等客の生存率は一等と三等の中間

二等船客にも多数の犠牲者が出ました。

唯一の日本人乗客・細野正文も二等船客です。

細野は救命ボートへ乗る機会を得て生還しました。

▶ タイタニック号に日本人は乗っていた?唯一の日本人乗客・細野正文を解説

三等客の生存率は特に低かった

三等船客は、一等・二等と比べて生存率が低くなりました。

理由は一つではありません。

船室が船の下層に多かった。

ボートデッキまで遠かった。

船内構造が複雑だった。

英語が分からない移民も多かった。

階級ごとの区域分離があった。

こうした条件が重なりました。

映画のように「三等だけ閉じ込めた」から?

それだけでは説明できません。

階級を分けるゲートや仕切りが存在したのは事実です。

しかし、

三等客を意図的に全員閉じ込めて死なせた

という単純な構図ではありません。

▶ 『タイタニック』三等客は本当に船内に閉じ込められた?映画と史実の違いを解説

子供でも階級によって差があった

「女性と子供優先」だったため、子供ならほぼ全員助かったように思えます。

しかし実際には、三等船客の子供にも多くの犠牲者が出ました。

救命ボートへ到達するまでの時間差が、子供の生存率にも影響しています。

乗員にも多数の犠牲者

タイタニック号には900人前後の乗員がいました。

船員。

機関士。

給仕。

無線技師。

郵便局員。

楽団員。

多くの人々が船を動かすため働いていました。

乗員の犠牲者も非常に多くなりました。

機関部の乗員は最後まで働いた

機関士や電気技師らは、沈没が進む中でもポンプや発電設備などを維持しました。

映画で沈没直前まで照明が点いているのも、この人々の働きが背景にあります。

多くの機関部乗員は脱出できませんでした。

楽団員8人も全員死亡

映画で最後まで演奏する楽団も実在しました。

8人の音楽家は全員、事故で亡くなっています。

▶ 『タイタニック』最後まで演奏した楽団は実話?8人の音楽家はどうなった?

なぜ1500人も亡くなった?

最大の理由は救命ボート不足です。

タイタニック号の救命ボートをすべて定員まで使っても、全乗船者を収容できませんでした。

▶ タイタニック号はなぜ救命ボートが足りなかった?人数と当時のルールを解説

しかも救命ボートには空席もあった

さらに事故初期には、定員よりかなり少ない人数で出た救命ボートもありました。

乗客が船の沈没を信じていなかった。

小さなボートへ乗ることを怖がった。

避難方法が統一されていなかった。

などが原因です。

▶ タイタニック号の救命ボートはなぜ満員で出なかった?助かるはずだった人数を解説

海へ落ちた人の多くは低体温症で亡くなった

タイタニック号が沈没すると、多数の人が北大西洋へ投げ出されました。

海水は極めて低温。

救命胴衣を着けて浮いていても、長時間生存することは困難です。

溺死だけではなく、低体温症によって亡くなった人が多数いたと考えられています。

カルパチア号が700人余りを救助

救命ボートの生存者たちは、その後カルパチア号へ収容されました。

この人々がタイタニック号事故の生還者となります。

▶ タイタニック号の生存者はどうやって救助された?カルパチア号到着までを解説

まとめ|タイタニック号では約3人に2人が亡くなった

タイタニック号には約2200人が乗っていました。

生還したのは700人余り。

亡くなったのは約1500人。

全体で見ると、約3人に2人が命を落としたことになります。

しかし重要なのは、

誰もが同じ条件で避難できたわけではなかった

ことです。

女性と男性。

一等と三等。

大人と子供。

船室の位置。

救命ボートへの距離。

これらによって生存の可能性は大きく変わりました。

数字を見ることで、映画では見えにくいタイタニック号の社会構造まで見えてきます。


『タイタニック』関連記事

▶ 『タイタニック』三等客は本当に船内に閉じ込められた?映画と史実の違いを解説

▶ タイタニック号で亡くなった人の遺体はどうなった?回収された人・見つからなかった人を解説


『タイタニック』をもう一度じっくり観たい方へ

階級や男女によって生存率が大きく違ったことを知ったあとに見ると、救命ボートをめぐる場面や船内の位置関係もさらに重く感じられます。