『オデュッセイア』カリュプソは何者?なぜオデュッセウスを島から帰さなかった?
※この記事には映画『オデュッセイア』のカリュプソ、7年間の空白、帰還までの展開と原典の内容についてネタバレがあります。
オデュッセウスが故郷へ帰るまでにかかった10年間。
その中でも圧倒的に長い時間を占めるのが、
カリュプソの島で過ごした7年間。
です。
そこで疑問になるのが、
「カリュプソって何者?」
「なぜ7年もオデュッセウスを帰さなかったの?」
という点です。
ここは映画と原典でかなり設定が変わっています。
カリュプソとは何者?
カリュプソ(かりゅぷそ)は、ホメロスの『オデュッセイア』に登場する神的なニンフです。
オギュギアという孤島に暮らしています。
船と仲間をすべて失ったオデュッセウスは、一人でこの島へ流れ着きます。
原典ではカリュプソがオデュッセウスを救う
オデュッセウスは海難によって死にかけた状態で島へたどり着きます。
カリュプソは彼を助け、食事や住む場所を与えます。
ここだけ見れば命の恩人です。
しかし問題は、その後です。
なぜ7年間も帰さなかった?
原典での理由はかなり明確です。
カリュプソがオデュッセウスを愛し、自分の夫として島に残したかったから。
です。
オデュッセウスをイタカへ帰すのではなく、自分と一緒に暮らさせようとします。
カリュプソは不死まで提示する
原典ではカリュプソはオデュッセウスへ、島に残れば不死の存在にすることまで持ちかけます。
普通なら非常に魅力的な条件です。
死なない。
美しい神的な女性と暮らす。
豊かな島で生活できる。
それでもオデュッセウスが望んだものは違いました。
オデュッセウスが欲しかったのはペネロペと故郷
原典のオデュッセウスは島で暮らしながらも、海辺で故郷を思って嘆いています。
妻ペネロペ(ぺねろぺ)。
息子テレマコス。
故郷イタカ。
それらのもとへ帰りたいという気持ちは消えていません。
原典では完全に自由だったとは言いにくい
カリュプソはオデュッセウスを保護しています。
しかし同時に、彼の意思に反して島へ留めてもいます。
そのため現代的な感覚で言えば、
「恋人として引き留めている」というより、かなり強い拘束に近い。
関係です。
どうして最後は帰れた?
原典ではオデュッセウスが自力でカリュプソを説得したわけではありません。
女神アテナ(あてな)がオデュッセウスの境遇を神々へ訴えます。
そしてゼウスが、使者の神ヘルメスをカリュプソの島へ送ります。
神々の決定として、
オデュッセウスを帰還させるよう命じる。
のです。
カリュプソは命令に不満を示す
原典のカリュプソは、男性の神々が人間の女性と関係を持つことは許されるのに、女神が人間の男を愛すると問題にされることへ不満を示します。
しかし最終的にはゼウスの命令に従います。
そしてオデュッセウスが島を出るための準備を助けます。
映画版では設定が大きく変わる
ノーラン版映画では、カリュプソとオデュッセウスの関係が原典とはかなり違います。
映画のオデュッセウスは、戦争と仲間の死による強い罪悪感を抱えています。
カリュプソは、そんな彼へ蓮を与えます。
蓮を食べると記憶が薄れていく
映画版では、蓮が忘却の作用を持つものとして使われます。
食べることで、オデュッセウスは苦しい記憶から距離を取れるようになります。
しかし同時に、
戦争。
死んだ仲間。
ペネロペ。
テレマコス。
故郷イタカ。
こうした大切な記憶まで曖昧になっていきます。
映画は原典の複数の要素を合体させている
この「蓮」は、原典のカリュプソのエピソードそのものにはありません。
ホメロス原典には別の場面として、故郷への意欲を失わせる「蓮を食べる人々」の話があります。
映画では、
カリュプソ。
蓮による忘却。
オデュッセウスが過去を語る構成。
を一つにまとめています。
なぜ映画のカリュプソは蓮を与えた?
映画では、単純に悪意でオデュッセウスを支配しているというより、
苦しい記憶を忘れさせようとしている。
ようにも描かれます。
そのためカリュプソは、原典の「自分の夫として引き留める女性」から、
オデュッセウスに忘却という逃げ道を与える存在
へ変わっています。
でも忘れることは救いなの?
一時的には救いです。
戦争の罪悪感。
仲間を死なせた記憶。
そうした苦しみを思い出さなくて済みます。
しかし過去を忘れれば、
「自分がなぜ家へ帰りたかったのか」
まで忘れてしまいます。
映画で7年間という時間が重要な理由
オデュッセウスの帰還には10年かかります。
そのうち7年がカリュプソの島。
つまり旅が長引いた最大の時間的理由は、この島で過ごした年月です。
▶ 『オデュッセイア』なぜ10年も帰れなかった?オデュッセウスの旅を時系列で解説
映画では自分の意志で過去へ向き合うことが重要
原典では神々の命令によってカリュプソがオデュッセウスを解放します。
一方、映画は神の介入を大幅に減らしています。
そのため、
オデュッセウス自身が記憶を取り戻し、過去と向き合い、再び家へ帰ろうとする。
ことが重要になります。
カリュプソは敵?味方?
単純にはどちらとも言いにくい人物です。
オデュッセウスを救った。
長い間そばにいた。
映画では苦しみを忘れさせた。
しかし同時に、その状態が続けばオデュッセウスは家族のもとへ戻れません。
カリュプソは、
「苦痛から逃げれば楽になれるが、自分自身まで失うかもしれない」
という誘惑を象徴する存在とも考えられます。
ここからは考察|カリュプソの島は「止まった時間」
イタカではテレマコスが成長しています。
ペネロペは求婚者に囲まれています。
国の状況も変化しています。
しかしカリュプソの島にいるオデュッセウスは、ほとんど同じ場所に留まり続けます。
外の世界では時間が進む。
本人だけが過去から逃げて止まっている。
この構造は、映画のオデュッセウスが抱える戦争の傷とも重なっています。
まとめ|原典では愛ゆえに拘束、映画では忘却によって足止め
カリュプソについて整理すると、
オギュギア島に暮らす神的な女性。
遭難したオデュッセウスを助ける。
原典では彼を愛し、夫として残そうとする。
不死まで提示する。
オデュッセウスはペネロペとイタカを望み続ける。
原典ではゼウスの命令を受けたヘルメスによって解放が決まる。
一方、映画では、
蓮によってオデュッセウスの苦しい記憶を薄れさせる。
その結果、故郷へ帰る意志まで曖昧になる。
という設定へ変更されています。
同じ「7年間帰れなかった」という出来事でも、原典と映画ではその意味がかなり違うのです。
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