『オデュッセイア』セイレーンとは何者?なぜ歌を聞くと破滅する?あの場面を解説
※この記事には映画『オデュッセイア』のセイレーンの場面と、ホメロス原典の内容についてネタバレがあります。
『オデュッセイア』の中でも特に有名なのが、
セイレーンの歌。
です。
仲間たちは耳を塞ぐ。
オデュッセウスだけは帆柱に縛られる。
そして海の向こうから不思議な歌が聞こえてきます。
しかし、
「セイレーンって結局何者?」
「歌を聞いただけで死ぬの?」
という点は意外と分かりにくいところです。
結論|歌を聞いた瞬間に死ぬのではなく、魅了されて破滅する
まず重要なのは、
セイレーンの歌を一音聞いた瞬間に、その場で死ぬわけではありません。
歌を聞く。
もっと聞きたくなる。
歌のもとへ近づく。
帰ることを忘れる。
そして最終的に命を失う。
という危険です。
セイレーンとは何者?
セイレーン(せいれーん)は、ギリシャ神話に登場する、人間を歌声で誘惑する存在です。
ホメロス原典では、島のような場所で美しい歌を歌い、航海者を引き寄せます。
原典では二人のセイレーンとして語られます。
原典では姿の説明より「声」が重要
後世の絵画や物語では、
鳥の身体を持つ女性。
人魚のような女性。
など、さまざまな姿で描かれてきました。
しかしホメロスの『オデュッセイア』では、現代人が想像するような具体的な外見より、
人間を抗えないほど引きつける歌声
の方が重要です。
誰がセイレーンの危険を教えた?
オデュッセウスへ警告したのはキルケです。
キルケは今後通過する海域の危険を説明します。
その最初に登場するのがセイレーンです。
▶ 『オデュッセイア』キルケは何者?仲間を豚にした理由とオデュッセウスとの関係
キルケは何と警告した?
原典では、セイレーンの歌を知らずに聞いて近づいた者は、妻や子どもが待つ家へ戻れないと警告されます。
セイレーンの周囲には、死んだ男たちの骨が積み重なっているとも語られます。
つまり、これまでにも大勢の船乗りが歌に負けてきたことが分かります。
なぜそれほど歌が魅力的?
セイレーンは単に「美しい音楽」を歌うだけではありません。
原典でセイレーンは、オデュッセウスへ、
トロイア戦争で起きたことも、世界で起きていることも知っている。
と誘惑します。
つまり歌には、
「あなたが知りたいことを教えてあげる」
という知識への誘惑も含まれています。
オデュッセウスには特に危険な誘惑
オデュッセウスは好奇心が強く、知恵を重視する人物です。
知らないことを知りたい。
危険でも確かめたい。
そんな人物にとって、すべてを知る歌は非常に強い誘惑になります。
仲間はどうやって歌を防いだ?
キルケの助言に従い、オデュッセウスは蝋を用意します。
蝋を柔らかくして、仲間たち全員の耳を塞ぎます。
これならセイレーンが歌っても聞こえません。
船を漕ぎ続け、危険な海域をそのまま通過できます。
でもオデュッセウスだけ耳を塞がない
ここが有名な場面です。
オデュッセウスは、
「自分は歌を聞きたい」
と考えます。
そこで耳を塞ぐ代わりに、身体を船の帆柱へ強く縛らせます。
歌に負けても逃げられない仕組み
オデュッセウスは仲間へ、もし自分が縄をほどくよう求めても、絶対に従わないよう命じます。
むしろ、もっと強く縛るよう伝えます。
つまり、
未来の自分が理性を失うことまで計算している。
わけです。
実際に歌を聞くとどうなった?
セイレーンの歌が聞こえてくると、オデュッセウスは強く引きつけられます。
もっと聞きたい。
近づきたい。
自分を解放してほしい。
仲間へそう合図します。
しかし仲間は命令どおり縄をほどきません。
逆にさらに強く縛ります。
こうして船は危険な海域を通過します。
映画ではセイレーンをはっきり見せない
ノーラン版の特徴は、セイレーンをモンスター映画のようにはっきり見せないことです。
霧や遠景の中に存在を感じさせ、観客にも全貌を簡単には見せません。
そのため、
「何がそこにいるのか分からない」
という不気味さが強くなっています。
映画では音も特殊な演出
仲間たちは耳へ蝋を詰めています。
映画ではその感覚に合わせるように、セイレーンの歌を観客にも完全な形では聞かせない演出が使われています。
オデュッセウスだけが何を聞いているのか。
観客には完全には分かりません。
それが逆に想像を膨らませます。
なぜ映画は歌を全部聞かせない?
ここからは考察です。
もし「世界で最も魅力的な歌」を具体的な一曲として流せば、観客によっては、
「そこまで魅力的ではない」
と感じてしまいます。
そこで映画は、
歌そのものを観客の想像へ委ねた。
と考えられます。
セイレーンの怖さは「怪物だから」ではない
セイレーンは力ずくで船を壊しません。
スキュラのように人間を直接つかんで食べるわけでもありません。
自分から近づきたくさせる。
ここが怖いところです。
本人が「自分の意思で行きたい」と思わされてしまう。
のです。
「欲望」に負ける危険を象徴している?
『オデュッセイア』には、欲望や誘惑によって帰還が妨げられる場面が何度もあります。
食欲。
性欲。
権力。
好奇心。
忘却。
セイレーンはその中でも、
「知りたい」「聞きたい」という欲望
を利用する存在とも考えられます。
まとめ|セイレーンは歌で船乗りを自ら破滅へ向かわせる
セイレーンについて整理すると、
美しい歌で航海者を誘惑する存在。
聞いた瞬間に即死するわけではない。
歌へ引き寄せられ、帰ることを忘れ、最終的に命を失う。
キルケが危険を事前に教えた。
仲間は蝋で耳を塞いだ。
オデュッセウスだけは帆柱に縛られて歌を聞いた。
という場面です。
そしてセイレーンの本当の怖さは、
相手を襲うのではなく、自分から危険へ近づきたくさせること。
にあります。
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『オデュッセイア』を原典でも読みたい方へ
セイレーンが実際にオデュッセウスへ何を語りかけたのか、キルケの警告から航海まで詳しく知りたい方は原典で読むことができます。
