映画『殺人の門』結末は原作と同じ?ラストがどうなるか原作から考察
※この記事には、東野圭吾『殺人の門』原作の重大なネタバレがあります。
2027年2月19日公開の映画『殺人の門』。
原作を知っている人が特に気になるのが、「映画も原作と同じ結末になるのか?」という点ではないでしょうか。
先に結論を書くと、映画版の正式な結末は現時点では判明していません。
原作と同じラストになると公式発表された事実もありません。
ただし、映画公式が公開している映像や作品紹介を見ると、原作の核心である「田島が倉持を殺したいほど憎む」という構図はしっかり残されています。
この記事では、原作の結末を確認したうえで、映画版のラストがどうなる可能性があるのかを考察します。
原作『殺人の門』の結末はどうなる?
原作では、田島和幸は小学生時代から倉持修に人生を翻弄され続けます。
田島は何度も倉持を殺したいと思います。
しかし、なかなか実行できません。
物語終盤、倉持は田島とは別の人物に襲われて重傷を負います。
そして田島は、入院している倉持のもとを訪れます。
そこで田島は、眠る倉持の首に手をかけます。
長年「殺したい」と考えながら越えられなかった境界に、ついに足を踏み入れる場面です。
原作ラストを詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
『殺人の門』原作の最後はどうなる?田島は倉持を殺すのか結末を解説
映画版でも田島の殺意は重要なテーマ
映画版も、「田島が倉持を殺したい」という設定そのものは変わっていません。
映画公式では、倉持を「親友の人生を狂わせ続ける男」、田島を「そんな親友を殺したい男」と紹介しています。
さらに特報では、田島の「あのときあいつを殺しておけばよかった」という言葉も使われています。
そのため、殺意そのものが映画で弱められる可能性は低そうです。
予告には首を絞められる倉持も登場している
公式の特報では、首を絞められながら不敵な笑みを浮かべる倉持の姿も公開されています。
ただし、この場面だけを見て「原作ラストをそのまま映像化した」と判断することはできません。
予告編では物語の異なる場面を組み合わせることもあります。
誰が倉持の首を絞めているのか、その場面が物語のどの時点なのかについては、現時点では断定できません。
映画も原作と同じラストになる可能性はある
ここからは考察です。
原作と同じ結末になる可能性は十分あります。
理由は、『殺人の門』というタイトルそのものが原作ラストと強く結びついているからです。
田島は長い間、倉持に殺意を抱きます。
しかし殺意を抱くことと、実際に殺人へ踏み込むことは違います。
その境界が「門」として描かれています。
映画でもこのテーマを残すなら、田島が最後に「門」を越えるかどうかを描く必要があります。
一方で映画独自の結末になる可能性もある
映画版は原作の舞台を令和へ移します。
つまり、原作の出来事をそのまま再現する映画ではありません。
社会背景や仕事、事件の状況などが変われば、それに合わせて終盤の展開も変化する可能性があります。
また、長い原作を一本の映画にまとめるため、登場人物や出来事の整理が行われる可能性もあります。
その結果、原作と似たテーマを保ちながら、具体的なラストだけを変えることも考えられます。
映画は「倉持が本当に悪魔なのか」も重要になりそう
映画公式では、倉持について「親友か、それとも悪魔なのか」という問いが強く打ち出されています。
また、倉持の悪意は絶対的な悪なのかという問いも示されています。
そのため映画版では、単純に「悪人の倉持を田島が殺して終わり」という形にはならない可能性があります。
観客が最後まで倉持と田島の関係をどう判断すべきか迷うような構成になることも考えられます。
倉持はなぜ田島を苦しめる?
映画の結末を考えるうえで重要なのが、倉持の田島への執着です。
倉持は田島を苦しめながら、完全には関係を切りません。
むしろ田島が困っているときに再び現れます。
原作の倉持についてはこちらで詳しく整理しています。
『殺人の門』倉持修は何者?田島の人生を狂わせる理由と正体を原作から解説
タイトルから考えてもラストは重要
『殺人の門』というタイトルは、単に殺人事件が起きる作品だから付けられたものではないと考えられます。
人間が「殺したい」と思う段階から、実際に殺人へ踏み込む境界。
その境界を門として表現していると読むことができます。
タイトルについて詳しくはこちらで考察しています。
『殺人の門』タイトルの意味とは?「門」が表しているものを原作から考察
原作を読んで映画の結末を比較したい方へ
映画版は令和へ舞台を変更することが決まっています。
先に原作を読んでおくと、映画公開後に「どこを残し、どこを変えたのか」を比較できます。
まとめ
映画『殺人の門』の結末が原作と同じになるかは、現時点では判明していません。
原作では、田島が病院にいる倉持の首に手をかけ、「殺人の門」を越えるかどうかという重要なラストを迎えます。
映画版でも田島の殺意は作品の中心に据えられているため、原作のテーマそのものは残る可能性が高いと考えられます。
ただし映画は舞台を令和へ変更しているため、具体的な結末まで同じになるとは断定できません。
映画公開後は、この記事を実際の映画版の結末に合わせて全面的に更新します。
