※この記事では、映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』のモデルとなった遠藤和さんについて、公表されている実話と原作の内容に触れています。

映画で川口春奈さんが演じる主人公・和。

モデルとなったのは、実在した遠藤和(えんどう・のどか)さんです。

21歳でステージIVの大腸がんを告げられ、24歳で亡くなった女性。

それだけ聞くと「若くして病気で亡くなった人」という印象が強くなります。

しかし、和さん本人が残した日記を見ると、それだけでは人物像を十分に表せません。

この記事では病気の経過を時系列で並べることよりも、遠藤和さんが何を大切にし、どんな選択をした人だったのかに焦点を当てます。

遠藤和さんは「病気の人」だけではない

和さんを紹介するとき、どうしても最初に大腸がんの話が出てきます。

しかし本人の日記には、病気以外の時間も数多く残されています。

恋愛。

結婚。

家族。

妊娠。

出産。

娘との時間。

つまり和さんは「闘病した女性」である前に、普通に恋をし、家族を望み、自分の人生を選ぼうとした一人の女性でした。

1997年、青森県に生まれる

遠藤和さんは1997年、青森県で生まれました。

その後、将一さんと出会い、交際します。

この頃はまだ、自分が若くして大きな病気に向き合うことになるとは想像していなかったはずです。

21歳で人生が大きく変わった

2018年、和さんは21歳でステージIVの大腸がんを告げられます。

ここから人生は大きく変わります。

ただし和さんの特徴は、病気になったことで「生きること」をすべて諦めたわけではない点です。

病気がある中で、自分がどんな人生を送りたいのかを考え続けました。

がん発覚について詳しくはこちらで整理しています。

遠藤和さんはなぜ21歳で大腸がんに?ステージIVと診断されるまで

「病気だから」ではなく、自分の人生を選ぼうとした

和さんの人生で印象的なのは、大きな選択を何度もしていることです。

病気になっても恋人との関係を続ける。

結婚する。

子どもを望む。

母になる。

どれも簡単な決断ではありません。

限られた状況の中でも、自分が本当に望む人生を選ぼうとしたことが、和さんという人物を理解するうえで重要です。

将一さんと「普通の夫婦」であろうとした

和さんと将一さんの関係を、「病気の妻と支える夫」だけで見ると単純すぎます。

二人には意見の違いもありました。

妊娠をめぐっては考えがぶつかっています。

それでも話し合いながら、夫婦として選択を重ねていきました。

二人の出会いや結婚についてはこちらで整理しています。

遠藤和さんと夫・将一さんはどう出会った?結婚までの実話を解説

和さんにとって「母になること」は大きな願いだった

和さんは将一さんとの子どもを望みました。

治療との両立を考えれば、簡単な選択ではありません。

それでも和さんは、自分たちの子どもに会いたいという思いを持ち続けました。

そして23歳で娘を出産します。

この選択は、和さんの人生観を最もよく表す出来事の一つです。

出産を決めた背景はこちらで詳しく整理しています。

遠藤和さんはなぜ出産を決めた?病気の中で母になることを選んだ理由

「ママ」になったことで人生の中心も変わった

娘が生まれたことで、和さんは母になります。

病気と治療だけだった生活に、娘との毎日が加わります。

原作には、家族と過ごす時間への思いも残されています。

病状が厳しくても、和さんにとって人生には病気以外の大切なものがありました。

和さんは前向きなだけの人ではなかった

和さんを「どんな状況でも前向きだった人」とだけ表現するのも正確ではありません。

病気への不安や苦しさがあります。

将来への迷いもあります。

それでも、その感情を抱えたまま日々を生きています。

そのため日記から見えるのは、理想化された強い人ではなく、悩みながらも自分の人生を選ぼうとする一人の人間です。

日記を書くことも和さんらしさの一つ

和さんは病状が進んだあとも日記を書き続けました。

治療の記録だけではありません。

家族への思い。

娘との時間。

日々感じたこと。

そうしたものを自分の言葉で残しています。

最後の日記は亡くなる10日前まで続きました。

遠藤和さんはいつ亡くなった?亡くなる10日前まで書き続けた日記とは

24歳で亡くなっても、本人の言葉が残った

和さんは2021年9月8日に24歳で亡くなりました。

年齢だけを見れば、とても短い人生です。

しかし、和さんが自分の言葉を残していたことで、家族だけでなく読者もその人生を知ることができるようになりました。

それが後に書籍となり、さらに映画へつながっています。

「かわいそうな人」だけで終わらせない

21歳でステージIV。

24歳で死去。

この事実だけを切り取れば、和さんを「かわいそうな人」と見てしまいやすくなります。

しかし和さん本人の日記から見えてくるのは、病気だけに人生を支配された人物ではありません。

結婚したい。

子どもを持ちたい。

家族と過ごしたい。

自分の気持ちを書き残したい。

そうした望みを持ち、その都度自分なりの選択をしていました。

映画化で伝えられるのも「和さんという人」

2026年には、和さんの人生が映画化されます。

和さん役は川口春奈さん。

夫・将一さん役は高杉真宙さんです。

映画を見るときも、「若くして亡くなった女性」という一点だけではなく、和さんが何を望み、何を選び、どんな家族を作ったのかを見ると人物像がより分かりやすくなります。

実話全体を確認したい方へ

このページでは和さんの人物像に絞っています。

病気の診断、結婚、出産、死去、書籍化、映画化までを実話としてまとめて確認したい方はこちらをご覧ください。

『ママがもうこの世界にいなくても』は実話?遠藤和さんの実話と映画化までを解説

和さん本人の言葉を読みたい方へ

遠藤和さんという人物を最も直接的に知ることができるのは、本人の日記です。

まとめ

遠藤和さんは、21歳でステージIVの大腸がんを告げられ、24歳で亡くなりました。

しかし、それだけで和さんの人生を説明することはできません。

恋をし、結婚し、母になることを望み、娘を産み、家族と暮らしました。

病気に苦しみながらも、自分の言葉を最後まで残しました。

遠藤和さんは「若くして亡くなった女性」ではなく、限られた時間の中でも自分の人生を選び続けた一人の女性です。

その人物像まで知ることで、『ママがもうこの世界にいなくても』が単なる闘病の実話ではないことが見えてきます。