『ママがもうこの世界にいなくても』娘への思いとは?和さんが母として残したもの
※この記事では、遠藤和さんと娘さんの実話、および『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』の内容に触れています。
『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』というタイトルで、最も重く感じる言葉は「ママ」かもしれません。
遠藤和さんは21歳でステージIVの大腸がんを宣告されました。
それでも将一さんと結婚し、23歳で娘を出産します。
そして24歳で亡くなりました。
娘さんは、まだ1歳でした。
では、和さんは娘に何を残そうとしていたのでしょうか。
この記事では、和さんが母になるまでの決断と、亡くなる10日前まで書き続けた日記から、「娘に残したもの」を考えます。
和さんは病気の中で「母になる」ことを選んだ
和さんが大腸がんと診断されたのは21歳。
その後、将一さんと結婚しました。
しかし和さんには、もう一つ実現したい願いがありました。
二人の子どもに会うことです。
病状が進む中、抗がん剤治療を中断してでも子どもを持ちたいと考えました。
夫の将一さんは反対します。
それでも和さんは母になることを望みました。
この決断については、遠藤和さんはなぜ出産を決めた?がん闘病中に娘を産むまでで詳しく整理しています。
妊娠して初めて感じた胎動
原作には、妊娠した和さんが初めて胎動を感じたときの言葉が残されています。
それまで「会いたい」と願っていた子どもが、実際に自分のお腹の中で動く。
和さんにとって、自分が「ママ」になることを実感する瞬間の一つだったことが伝わります。
23歳で娘を出産
和さんは23歳で長女を出産しました。
夫婦二人だった遠藤家は、家族3人になります。
しかし和さんには、病気があります。
娘の成長をいつまで見られるのか。
その不安が完全になくなることはありません。
だからこそ、家族と一緒に過ごせる普通の日常が大きな意味を持つようになります。
和さんは「いまが一番幸せ」と感じていた
病状が進み、余命を告げられたあとも、和さんは家族と暮らしました。
原作の紹介には、夫と娘、そして猫と過ごす中で、和さんが「人生でいまが一番幸せ」と感じていたことが記されています。
ここは、この作品を理解するうえで非常に重要です。
普通に考えれば、人生で最もつらい時期だったはずです。
それでも同時に、人生で最も幸せな時間でもあった。
病気の苦しさと家族といる幸せは、どちらか一方ではなく、同時に存在していたのです。
なぜ和さんは日記を書き続けたのか
和さんは亡くなる10日前まで日記を書き続けました。
原作は、その記録をもとに作られています。
日記には和さん自身の気持ちや、夫、娘との日々が残っています。
そして結果として、その日記は和さんが亡くなったあとも残りました。
娘さんは、自分の母親が何を考え、どれほど自分の誕生を望んでいたのかを、母自身の言葉から知ることができます。
これは写真や映像とはまた違う、日記だからこそ残せるものです。
娘が1歳のときに母・和さんは亡くなった
和さんは2021年9月、24歳で亡くなりました。
娘さんはまだ幼い年齢でした。
母親と過ごした時間は長くありません。
しかし「一緒に過ごした時間が短い」ことと、「母から何も受け取れなかった」ことは同じではありません。
和さんは娘を望み、産み、育て、そして言葉を残しました。
「ママがもうこの世界にいなくても」というタイトル
この事実を知ると、作品タイトルの意味も変わって見えます。
ママはもうこの世界にいない。
しかし、ママがいた事実はなくなりません。
娘が生まれる前から、どれほど会いたいと思っていたのか。
娘が生まれたとき、どれほど幸せだったのか。
それを伝える日記が残っています。
タイトルについては、『ママがもうこの世界にいなくても』タイトルの意味は?でさらに詳しく考察します。
母が亡くなったあとも父と娘の人生は続く
2021年に和さんが亡くなったあと、将一さんと娘さんの生活は続きました。
2026年の文庫版には、この「その後の5年間」を綴った約1万8000字の特別寄稿「あの日から、僕らは」が追加されています。
つまり文庫版では、和さんが残した日記だけでなく、和さんがいない世界で娘が成長していく時間まで読むことができます。
娘さんのその後については、遠藤和さんの娘はその後どうなった?原作・文庫版でわかる家族のその後で詳しく取り上げます。
和さん本人の日記を読む
映画では川口春奈さんが和さんを演じますが、原作には実際の和さん自身の言葉が残されています。
まとめ
遠藤和さんは、病気の中で将一さんとの子どもを望み、23歳で娘を出産しました。
そして娘がまだ幼い時期に、24歳で亡くなりました。
しかし和さんは、娘に何も残せなかったわけではありません。
自分がどれほど娘に会いたかったのか。
母になれたことをどれほど幸せに感じていたのか。
その気持ちは、亡くなる10日前まで書き続けた日記に残っています。
『ママがもうこの世界にいなくても』という作品そのものが、母から娘、そして家族へ残された記録だと考えることもできるでしょう。
