『タイタニック』モリー・ブラウンは実在した?“不沈のモリー”のその後を解説
※この記事では、映画『タイタニック』に登場する実在人物マーガレット・ブラウンについて解説します。
映画『タイタニック』で、ジャックに礼服を貸してくれる豪快な女性。
ローズの母親たちとは少し違い、ジャックにも親切に接する人物です。
彼女は一般に「モリー・ブラウン」と呼ばれています。
実はこの人物、映画の創作ではありません。
実際にタイタニック号へ乗り、沈没事故から生還した女性です。
しかも事故後も、生存者を支援するため大きな役割を果たしました。
結論|モリー・ブラウンは実在。ただし本名はマーガレット・ブラウン
映画の「モリー・ブラウン」のモデルは、
マーガレット・トービン・ブラウン
です。
アメリカの社会活動家で、タイタニック号では一等船客でした。
沈没事故から救命ボート6号で生還しています。
後に、
「不沈のモリー・ブラウン」
として世界的に有名になりました。
実は生前「モリー」と呼ばれていなかった
ここは映画ファンには意外なところです。
現在では完全に「モリー・ブラウン」で定着しています。
しかし本人は生前、一般的にモリーと呼ばれていたわけではありません。
「モリー」という呼び名や「不沈のモリー・ブラウン」という伝説的イメージは、後世の新聞記事、舞台、映画などによって広まりました。
貧しい家庭から人生を始めた
マーガレットは1867年、アメリカ・ミズーリ州ハンニバルに生まれました。
裕福な家庭ではありません。
若い頃には働きながら生活しています。
後にコロラド州へ移住し、鉱山で働いていたジェームズ・ジョセフ・ブラウンと結婚しました。
夫の鉱山事業成功で裕福になる
夫J.J.ブラウンは鉱山事業で成功。
一家は大きな財産を得ます。
マーガレットは単に富裕層として暮らすだけではなく、教育、女性の権利、貧困支援などの活動へ積極的に参加しました。
なぜタイタニック号へ乗った?
マーガレットはヨーロッパ旅行中、孫が病気になったという知らせを受けます。
急いでアメリカへ戻るため、出発間近だったタイタニック号を予約しました。
そのため、家族の多くも彼女がタイタニック号へ乗ったことを知らなかったとされています。
一等船客として乗船
マーガレットはフランスのシェルブールからタイタニック号へ乗船しました。
一等船客です。
映画ではローズたちと交流し、上流階級の中でも比較的気さくな人物として描かれています。
映画でジャックへ礼服を貸したのは実話?
ジャックが一等客の夕食へ招かれた時、モリーが息子の礼服を貸す場面があります。
これは映画の物語上の演出です。
ジャック自体が架空人物なので、実際にマーガレットがジャックへ服を貸した事実はありません。
沈没時には救命ボート6号へ
氷山衝突後、マーガレットは救命ボート6号へ乗ります。
本人の説明では、自分から進んで乗り込んだというより、甲板で救命ボートへ入れられた形だったとされています。
映画では船へ戻ろうと主張する
映画では沈没後、海中に多数の人が残されていることを見たモリーが、
「戻って助けましょう」
と主張します。
しかしボートを指揮するロバート・ヒッチェンズは、救助に戻れば人々に殺到されて転覆すると拒否します。
実際にもヒッチェンズと対立した
救命ボート6号では、船員ロバート・ヒッチェンズと女性乗客たちの間で緊張があったことが知られています。
マーガレットは女性たちとともにオールを漕ぎ、ボート内の人々を励ましました。
映画で描かれる彼女の強い性格には、実在人物のエピソードが反映されています。
本当にすごかったのはカルパチア号に乗ってから
マーガレットの活動は、救助されたあとさらに目立ちます。
カルパチア号へ収容された生存者の中には、
家族を失った人。
所持金を失った人。
英語を話せない移民。
行く場所のない人。
が大勢いました。
生存者支援委員会を組織
マーガレットは船上で生存者委員会を組織。
困窮した生存者を助けるため資金を集めました。
カルパチア号がニューヨークへ到着するまでに、約1万ドルを集めたとされています。
英語以外の言語も支援に役立った
マーガレットはフランス語、ドイツ語など複数の言語を使うことができました。
その能力も、ヨーロッパ各国から来た生存者を助ける際に役立ちました。
カルパチア号の船長へ感謝を伝えた
事故後、マーガレットは生存者委員会を代表し、カルパチア号のアーサー・ロストロン船長へ記念品を贈っています。
乗員たちにもメダルが贈られました。
救助した側への感謝を形にする活動にも関わっています。
事故後も社会活動を続けた
タイタニック号で有名になった後も、マーガレットは、
女性の権利。
労働問題。
教育。
子供の支援。
第一次世界大戦の救援活動。
などに関わりました。
フランスからレジオンドヌール勲章も受けた
第一次世界大戦時の救援活動などが評価され、1932年にはフランスからレジオンドヌール勲章を授与されています。
タイタニック号に乗っていたことだけで知られる人物ではありません。
1932年に亡くなった
マーガレット・ブラウンは1932年、ニューヨークで亡くなりました。
65歳でした。
その後、彼女の人生はかなり脚色され、
「不沈のモリー・ブラウン」
という伝説的キャラクターになっていきます。
映画のモリーと実在のマーガレットは同じ?
完全に同じではありません。
映画ではジャックやローズの物語へ自然に入るよう、多くの場面が脚色されています。
しかし、
行動力がある。
困っている人を助ける。
上流階級の堅苦しさに染まり切っていない。
という人物像には、実在のマーガレットを思わせる部分があります。
まとめ|映画以上に行動力のある女性だった
『タイタニック』のモリー・ブラウンは実在人物です。
本名はマーガレット・トービン・ブラウン。
救命ボート6号で生還しました。
そして救出後には、生存者支援のため募金活動を行います。
実は「モリー」という有名な呼び名自体が後世に広まったもの。
映画の豪快なおばさんというイメージより、実際には社会活動にも深く関わった行動力のある女性
だったのです。
『タイタニック』関連記事
▶ タイタニック号の生存者はどうやって救助された?カルパチア号到着までを解説
▶ 『タイタニック』ベッドで抱き合う老夫婦は実在した?イジドーとアイダの実話
『タイタニック』をもう一度じっくり観たい方へ
マーガレット・ブラウンの実像を知ったあとに見ると、ジャックへ親切に接する場面や救命ボートでの行動にも違った意味が見えてきます。
