※この記事には実写映画『ルックバック』の演出や物語後半についてネタバレがあります。

実写映画『ルックバック』を見ていて、意外なほど印象に残るのが、

漫画を描く「音」

です。

紙にペン先が触れる音。

カリカリと慎重に線を引く音。

慣れてくると聞こえる、迷いのない「シャッ」という音。

そして成長後には、デジタル作画の音まで登場します。

なぜ是枝裕和監督は、漫画を描く音をここまで強調したのでしょうか。

結論|ペンの音の変化そのものが藤野と京本の成長を表している

是枝裕和監督は、漫画を描く音について、

二人が成長するにつれて音そのものが変化していくようにしたかった

と説明しています。

最初は、まだ子どもの二人が慎重に描く音。

やがて迷いなくペンを走らせる音。

二人で描く音。

一人になる音。

そしてデジタル作画の音。

音の変化だけでも、時間の経過と二人の成長が分かる構成になっています。

原作者・藤本タツキとの会話がきっかけだった

是枝監督は原作者の藤本タツキと話した際、

ベテランの漫画アシスタントが迷いなくペンを走らせる「シャッ」という音が格好いい

という話を聞いたと明かしています。

この話が、実写版で漫画制作をどう表現するかを考える大きなヒントになりました。

実写映画だから「描く音」が使える

漫画では当然、本物の音は聞こえません。

アニメでは音を後から作ることができます。

しかし実写版では、

実際の人間が本物のペンを持ち、本物の紙に線を引く。

という身体的な感覚があります。

是枝監督は、その実写ならではの強みを使っています。

最初の藤野の音はまだ完成されていない

小学生時代の藤野は漫画を描くことが好きです。

しかし、まだプロではありません。

線を一本引く時にも迷いがあります。

その慎重さが、細かなペンの音として伝わります。

京本の存在によって藤野は描き続ける

藤野は京本の圧倒的な画力を見て、猛烈に練習します。

ここで大切なのは、

「上手くなった」とセリフだけで説明しないこと。

です。

描く姿勢。

手の動き。

線を引く速度。

そして音。

そうした細かな変化によって、藤野が大量の時間を創作へ費やしたことが伝わります。

▶ 実写映画『ルックバック』藤野はなぜ漫画をやめた?京本の絵を見た後の変化

二人で描くと「音が重なる」

藤野と京本が共同制作を始めると、漫画を描く音も一人だけではなくなります。

藤野が描く。

京本が背景を描く。

二人の作業音が同じ空間に存在します。

これは、

二人が一緒に漫画を作っている時間そのもの

を音で表現していると考えられます。

漫画制作の音は二人の友情の音でもある

『ルックバック』では、藤野と京本が友情について長々と語るわけではありません。

一緒に机へ向かいます。

そして黙々と描きます。

だからこそ、

二人のペンの音が重なる時間そのものが、二人の関係を表している。

とも考えられます。

▶ 実写映画『ルックバック』藤野と京本はどんな関係?友情・憧れ・嫉妬を解説

成長すると音が「シャッ」に変わる

是枝監督が特に意識したのが、

迷いのない線を引く音。

です。

幼い頃には恐る恐る描いていた二人が、何年も描き続けることで、手が迷わなくなります。

そこで音も、

カリカリ。

から、

シャッ、シャッ。

という力のある音に変わっていきます。

これは単なる効果音ではない

普通の映画であれば、ペンの音は背景音として処理されても不思議ではありません。

しかし『ルックバック』では違います。

その音自体が、

「この二人は何年も描き続けてきた」

ことを伝える情報になっています。

出口夏希と蒔田彩珠は本当に漫画を練習していた

この音に説得力を持たせるため、出口夏希と蒔田彩珠は撮影開始のおよそ4か月前から漫画制作を練習しています。

単に手元だけ別人に差し替えるのではありません。

劇中の手元には、実際に二人が描いている姿が使われています。

出口夏希はGペンの線を何度も練習した

出口夏希は藤野役として、人物を描く練習などを行いました。

最初は細い線もうまく引けず、ペンが紙に引っかかることもあったと語っています。

そこから何度も線を引き、

迷いなく格好いい線を引ける状態

まで練習しています。

蒔田彩珠は背景や定規の使い方まで練習した

京本は背景を得意とする人物です。

そのため蒔田彩珠は、背景画だけでなく、定規や画鋲を使った漫画制作の技法なども練習しました。

実際に役ごとに違う作画方法を身につけています。

だから「藤野の手」と「京本の手」が違って見える

二人とも同じように漫画を描いているわけではありません。

藤野と京本では、担当も描き方も違います。

実際に俳優本人が練習したことで、

キャラクターごとの描き方の違いまで実写で表現できた。

ということです。

後半ではデジタルの音へ変わる

物語が進むと、漫画制作の方法も変化します。

紙とペンだけではなく、デジタル作画が登場します。

ここでも、

音の変化=時間の経過。

になっています。

二人が子どもだった頃から年月が流れ、漫画を描く環境まで変わったことが分かります。

「一つの音が二つになり、また一つになる」

ここからは考察です。

是枝監督が語っている音の構成を見ると、

最初は藤野が一人で描く。

京本と出会って二人で描く。

やがて二人は別々の道へ進む。

京本を失った後、藤野が再び一人で描く。

という物語の構造そのものと重なっています。

音がなくなることにも意味がある

二人で描いていた時は、二つの作業音があります。

しかし京本がいなくなる。

藤野は一人になります。

その時、

もう一つの音が消えている。

と考えると、京本の不在がより強く感じられます。

ラストで再び描く音が聞こえる意味

藤野は京本を失ったあと、漫画を描くこと自体を後悔します。

それでも最後には、もう一度机へ向かいます。

そこで再び創作の音が戻ります。

それは、

藤野が京本を忘れた音ではありません。

京本との時間を抱えたまま、描き続ける音。

だと考えられます。

▶ 実写映画『ルックバック』ラストの意味|藤野はなぜ漫画を描き続けた?

まとめ|『ルックバック』ではペンの音そのものが物語になっている

漫画を描く音が印象的な理由を整理すると、

是枝監督が音の変化で二人の成長を描こうとした。

原作者・藤本タツキとの会話が着想の一つになった。

子どもの慎重な線から、迷いのないプロの線へ変化する。

一人の音が二人の音へ変わる。

二人が離れれば、また一人の音になる。

紙とペンからデジタルへ変わることで時間の経過も表現する。

という仕掛けがあります。

実写版『ルックバック』では、

漫画を描く音までが藤野と京本の13年間を語っている。

そこに注目して見返すと、実写化された意味がさらに分かりやすくなります。


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